はじめての雪②
木陰に設けられた屋台工房。
めいは乳鉢に入れた『潮風の結晶』を、丁寧にすり潰していく。
立ち上るほのかな光の霧に、子どもたちはカウンターから身を乗り出した。
「まずは、さっきの『潮風の結晶』を細かく挽いて、島の海風の記憶を解きほぐすの」
「石を削ってるのに、ふわっと海のいい匂いがする!」
「これがアマギ屋秘伝の技法だよ。力任せじゃなく、素材の声を聴くんだとさ」
蔵が説明する横で、めいは真鍮の缶から純白の雪粉を取り出し、青い触媒液の入ったビーカーへと注いだ。ガラス棒で静かに混ぜ合わせると、小瓶の中に冬の空がふわりと広がっていく。
その様子を見た女の子が、頬に手を当てて感動の声を上げた。
「あ、瓶の中が、絵本に載ってた冬の空みたいになってきた!」
「そう、喧嘩しないように優しくね。南国の暖かさと北国の雪を、潮風の膜でそっと包んであげるの」
めいはガラス瓶にコルク栓をはめた。蔵にリボンを押さえてもらいながら、アマギ屋の「雲と三つ葉」の封蝋印をジュッと押す。
瓶の中では、小さな綿雪が夢のように漂っていた。
「はい、封緘完了!」
「雪! 瓶の中に、雪がある!」
「これで『淡雪』の完成だな」
「大地の息吹を邪魔しない、温かくて優しい『淡雪仕立て』よ」
「やったー! 早くみんなのところに行こう! 丘の上の広場でみんな待ってるんだ!」
「おばあちゃんにも見せてあげるの!」
めいは完成した淡雪の小瓶を木漏れ日にかざした。
大喜びで飛び跳ねる子どもたちとともに、めいと蔵は丘の上の広場へ向けて歩き始めた。
---
ヤシの木が揺れる丘の上の広場。
子どもたちが駆けていく。
その後ろから、荷車を押すアマギ屋の二人がやってきた。
「みんな、お待たせーっ! アマギ屋さんが本当の雪を持ってきてくれたぞ!」
石のベンチに座っていたおばあちゃんのもとへ、女の子が駆け寄る。
「おばあちゃん、見ててね! 絵本の雪が、空から降ってくるの!」
「長生きしていると、不思議な奇跡に出会えるものね……」
めいが小瓶の朱色の封蝋をパキッと割り、コルク栓を抜いた。
瓶の口から、涼やかな白い霧と微細な雪の結晶が立ち昇る。
キラキラと光るそれらは、南国の潮風に乗って青空へと広がっていった。
夏の太陽とヤシの木、エメラルドグリーンの海。
その鮮やかな景色を背景に、純白の淡雪が羽のようにふわりと舞い降りる。
雪は柔らかく温かい。
子どもたちは歓声を上げながら手を広げ、おばあちゃんは目を潤ませて空を見上げた。
「ほんとに雪が降ってきた! 白くて、ふわふわだ!」
「冷たいのに、痛くない! 綿毛みたいに優しくて、あったかい!」
子どもたちはさっそく雪を丸め、雪合戦を始めた。
その無邪気な姿を、大人たちは感動のまなざしで見守っている。
子どもたちの歓声が、海風に乗って広がっていった。
---
「思いっきり遊んだ! こんなに楽しいの、生まれて初めてだ!」
石のベンチには、貝殻の目と花冠を飾った、小さくてかわいらしい雪だるまたちが並んでいた。
子どもたちは草の上に寝転がり、心地よい疲労感に包まれている。
大人たちも、手元で静かに溶け始めた雪を名残惜しそうに見つめながら、笑みを浮かべていた。
夕方になる頃には、雪はすっかり溶けてしまった。
夕暮れの光が濃くなる中、蔵は立ち上がり、男の子の頭をくしゃっと撫でて労った。
女の子はおばあちゃんに手を引かれ、笑顔で手を振りながら坂道を下っていく。
丘の上に集まっていた人々も、それぞれ家路についていった。
「ばいばーい!」
水平線に沈みゆく夕日が、海を黄金色に染めていく。
積もった雪はすべて溶け、大地へと還っていった。
すべてがいつもの穏やかな日常へと戻った――はずだった。




