はじめての雪①
海を渡り、アマギ屋の二人がやってきたのは、年中暖かな陽光に包まれた南の島の小さな港町だった。
この町には「冬」がない。住民の多くは、生まれてから一度も本物の雪を見たことがなかった。
蔵とめいは荷車を押しながら、石畳の道を歩いていた。照りつける太陽と生ぬるい海風に、蔵はすっかり参っている。
「あ、暑い! 風まで生ぬるい。干物になっちまいそうだ」
「元気を出して、蔵! 出張販売だって楽しいじゃない。ほら、見て。海風に乗って運ばれてくる『南洋の陽光結晶』。すっごく澄んでいてきれいね!」
めいは、太陽の光を受けて輝く結晶を見上げた。
二人はヤシの木陰にある噴水のそばで屋台を広げ、穏やかな天気を詰めた瓶を並べた。
蔵は額の汗をぬぐいながら、屋台の商品を眺める。
「それで、こんな常夏の島で何を売るつもりなんだ? 涼むためのそよ風か?」
「ううん。以前、手紙の配達屋さんを通じて、この町の子どもたちから手紙を預かったの。『空から舞い降りる白い雪を見てみたい』って」
「なるほど。つまり、雪を売るのか」
蔵はようやく、今回の出張販売の目的を理解した。
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そのとき、噴水の陰から何人かの子どもたちがおずおずと顔をのぞかせた。
めいが気づいて手招きすると、子どもたちは期待に満ちた表情で駆け寄ってきた。
「ねえ、もしかして、手紙に返事をくれた『お空の瓶詰め屋さん』?」
「本当に来てくれたんだ! あのね、絵本で読んだんだ。空から降る、白くて冷たい星のかけら!」
「こんにちは。あなたたちの願い、アマギ屋がしっかり受け取ったわよ」
めいが笑顔で答えると、子どもたちの顔がぱっと明るくなった。
その中の十歳くらいの女の子が、古い絵本を広げて見せてくれた。ページには、一面の雪に覆われた景色が描かれている。
隣では、同じくらいの年齢の男の子が身を乗り出し、幼い弟も目を丸くして挿絵を見つめていた。
「ほら、昔の絵本に載ってたの! 『空から舞い降りる、白い羽のような星』って。本当にそんなものが空から降ってくるの?」
「オレたち、海と太陽しか知らないんだ。雪って、触ったら消えちゃうって本当?」
めいは子どもたちと目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。
その後ろでは、蔵が木箱に腰掛け、頭の後ろで手を組んでいる。
「本当よ。でも、雪はとってもデリケートなの。この島は太陽の光が強いから、普通の雪だと地面に着く前に溶けてしまうわ」
「そこでアマギ屋の出番ってわけだ。島の暮らしを邪魔しない、特別な『一日だけの雪』を仕立ててやるよ」
蔵が胸を張ると、子どもたちは歓声を上げた。
「本当に? オレ、雪合戦をしてみたい! 雪をまあるく、ぎゅっと握ってみたいんだ!」
「わたしは、手のひらに乗せても痛くない、ふわふわの雪がいいな」
「雪って甘いんだよね? 食べてみたい!」
次々と飛び出す願いに、蔵は思わず苦笑した。
「おいおい、かき氷じゃないんだぞ」
その言葉に、子どもたちは楽しそうに笑った。
めいもつられて笑いながら、うなずいた。
「わかったわ。それじゃあ、手のひらにふわりと舞い降りて、優しく溶ける『綿雪仕立て』にしましょう」
子どもたちは顔を見合わせ、うれしそうに声を上げた。
めいはヤシの葉の隙間から差し込む日差しを見上げると、携帯晴雨計を取り出して大気の湿度を測った。
「この島の強い海風になじませるには、ひと工夫が必要ね。そのために、この島特有の『潮風の結晶』を少し分けてもらわなきゃ」
「それなら港の市場にいっぱいあるよ! オレたちが案内してあげる!」
「ありがとう。それじゃあ、お願いしようかしら」
こうして、めいと蔵は子どもたちに案内され、港の市場へ向かうことになった。
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市場に着くと、南国の太陽の下、色とりどりの日よけテントが並んでいた。
貝殻や乾燥フルーツ、さまざまな気象結晶を売る露店が立ち並び、海風が吹き抜ける通りは大勢の人でにぎわっている。
「ここが港の青空市場だよ! 南の海で採れる珍しいものが、なんでも集まるんだ!」
「おじちゃんたち、みんないい人だから、きれいな結晶を見せてくれるよ!」
子どもたちに案内され、めいと蔵は貝殻や小瓶が並ぶ木製の露店へ入った。
麦わら帽子をかぶった、温厚そうな店主が二人を迎えた。店主は子どもたちの顔を見ると、にこやかに乾燥フルーツを差し出した。
「やあ、みんな。今日は珍しいお客さんを連れてきたねえ」
「おおっ、この乾燥フルーツ、うまいな! ほどよい酸味と甘みが、疲れた体に染みるぜ!」
蔵はさっそく乾燥フルーツを頬張り始めた。
めいはそんな蔵を横目で見て、少し恥ずかしそうに咳払いをした。
「こほん。こんにちは。南洋の強い海風になじむ『潮風の結晶』を探しているのですが」
「おお、それなら、これがぴったりかもしれないね」
店主は棚から小さな瓶を取り出した。
「朝一番の引き潮のとき、サンゴ礁の先端にだけ現れる『潮風の結晶』だよ。海風の香りが、そのまま閉じ込められているんだ」
瓶の中では、淡い青色の結晶がきらきらと輝いていた。
「この島じゃ、統括府の配給ダイヤルも『常夏・微風』で固定されているからね。雪結晶なんて、帝都のお偉いさんたちが買い占めていて、めったに市場に出回らない特級品さ」
店主の話を聞き、めいは小瓶を手に取って、光にかざした。
「素晴らしい純度です! これなら島の大気と調和して、雪がふわりと舞うように調整できそうです」
「子どもたちの夢のためなら、いくらでも役立てておくれ。どんな雪ができるのか、ワシも楽しみだよ」
店主はうれしそうに笑った。
「ありがとう、大切に使います」
めいは丁寧に礼を述べ、小瓶を荷物にしまった。
子どもたちは待ちきれない様子で、めいの周りに集まってきた。
「やったあ! これで本当に雪が作れるんだね?」
「ええ! すぐに工房に戻って、特別な『綿雪』を調合しましょう!」
めいが力強くうなずくと、子どもたちは歓声を上げた。
南の島に初めて雪が降る日まで、あと少しだった。




