雨乞い③
完成したばかりの特注雨瓶『若葉の慈雨』を、めいと蔵は耐震木箱に厳重に収めた。
蔵は背負子のベルトを締め、木箱がしっかり固定されていることを確かめる。
二人は足元に装着した風の魔導具「疾風の脚甲(風のブーツ)」を起動させた。
「耐震クッション固定よし! 舌を噛むなよ、少年! アマギ屋特急便、全速力でぶっ飛ばすぜ!」
蔵は『若葉の慈雨』が入った木箱を背負い、少年を背中に乗せた。
「わたしも後から追いかけるわ。蔵のスピードにはついていけそうにないから」
「わかった。先に行ってるぞ!」
返事をすると、蔵は地面を蹴った。
風をまとった蔵の体が、一気に前へと飛び出す。ひび割れた荒野を、まるで風そのものになったかのような速さで駆け抜けていった。
「伊達に配達屋をやってねえよ! 日没前になんとしても滑り込むぞ!」
「は、速いっ! 景色が後ろに飛んでいく! 風に乗って走ってるみたいだ!」
少年は蔵の背中にしっかりとつかまりながら、目を丸くした。
やがて蔵は岩山の尾根にたどり着くと、勢いよくブレーキをかけた。
目の前には、沈みかけた大きな夕陽が広がっていた。茜色に染まった空の下、谷底には砂埃の舞う風枯れの村が見える。
少年は涙を浮かべ、村を指さした。
「あ、あれだよ! 僕の村だ! 風枯れの村が見えた!」
「よし、急ぐぞ。日没までに畑の中央へ向かう!」
蔵は再び走り出した。
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村の畑に到着した蔵と少年を待っていたのは、見るも無残な光景だった。
大地には無数のひびが走り、トウモロコシ畑はすっかり枯れ果てている。石を積み上げて作られた井戸も干上がり、その周りには少年の父親をはじめ、村人たちが力なく座り込んでいた。
「もう駄目だ……。井戸の水も完全に干上がってしまった。今年の作物は全滅だ」
父親はうつむき、乾いた畑を見つめていた。
その姿を見た少年は、蔵の背中から飛び降りると、村人たちに向かって叫んだ。
「父ちゃん! みんな! 諦めないで!」
少年の声が、静まり返った畑に響く。
そこへ、少し遅れてめいも駆けつけた。息を整える間も惜しみ、村人たちに向かって声を張り上げる。
「アマギ屋特注の雨を、お届けに参りました!」
めいの言葉に、村人たちが一斉に顔を上げた。
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めいと蔵は、ひび割れた畑の中央へと向かった。
蔵が耐震木箱を下ろし、めいは中から特注雨瓶『若葉の慈雨』を取り出す。
「それじゃあ、いくわよ」
めいが瓶の栓を抜くと、心地よい音とともに、瓶口から気象蒸気が立ち上った。
エメラルドとシアンに輝く蒸気は、細かな雨粒をまといながら、螺旋を描いて夕空へと昇っていく。
やがて蒸気は空いっぱいに広がり、柔らかな雨雲を形作った。
次の瞬間、乾き切った荒野に、静かな雨が降り始めた。
細かな雨粒がひび割れた大地を濡らし、枯れたトウモロコシの葉を優しく打つ。激しい雨でも、雷を伴う雨でもない。長い間、雨を待ち続けた大地に寄り添うような、穏やかな慈雨だった。
「あ、雨だ! 空から雨が降ってきた!」
村人の一人が空を見上げて叫んだ。
「父ちゃん! 雨だよ! 冷たくて、すごく優しい雨だ!」
少年は両手を広げ、降り注ぐ雨を全身で受け止めた。
父親も空を見上げ、頬を伝う雨粒をぬぐおうともせず、少年を強く抱きしめた。
「本当だ……。雨だ……!」
父親の声は震えていた。
二人は抱き合ったまま、声を上げて泣いた。
雨は畑の隅々まで染み込んでいく。乾き切っていた土は少しずつ潤い、枯れかけていたトウモロコシにも、みずみずしい緑が戻り始めた。
その光景を、めいと蔵は静かに見守っていた。
「畑が、トウモロコシが生き返る! 奇跡だ! ありがとう、天気屋さん!」
村人たちの顔に、少しずつ笑顔が戻っていく。
蔵は満足そうにうなずいた。
「大地の喉の渇きも、これで癒やされましたね」
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雨が降り続く中、少年がめいのもとへやってきた。
両手には、約束していた銅貨と、村特産の干し葡萄が握られている。
「これ、約束のお金。あと、村のみんなで作った干し葡萄です。少ししかなくてごめんなさい」
めいは少年の目線に合わせてしゃがみ、差し出された銅貨と干し葡萄を笑顔で受け取った。
「ううん、十分すぎるわ。困っている人から法外なお金を取らないのが、アマギ屋の掟だから」
そう言って、めいは干し葡萄を一粒つまんだ。
口に入れると、自然な甘みが広がる。
「これ、すごくおいしい!」
少年の顔が、ぱっと明るくなった。
その笑顔を見て、めいも自然と笑顔になった。
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やがて雨は弱まり、村には穏やかな夕暮れが訪れた。
めいと蔵は、村を後にして坂道を歩いていた。
振り返ると、谷底の村にはランタンの明かりが灯り始めている。雨に潤ったトウモロコシ畑は、夕陽の残り火を受けて、鮮やかな緑に輝いていた。
尾根まで見送りに来た少年が、両手を大きく振って叫ぶ。
「ありがとう、アマギ屋のお姉ちゃん! 兄ちゃん! 絶対、立派な農家になるからね!」
蔵は振り返らずに片手を上げた。
「トウモロコシが実ったら、一番にアマギ屋へ届けに来いよ!」
「うん! 約束する!」
少年の元気な返事が、夕暮れの空に響いた。
めいは受け取った干し葡萄をつまみながら、星が姿を見せ始めた空を見上げた。
「天気の値段は、命の値段。おじいちゃんが言っていたこと、今日、少しだけ分かった気がする」
蔵は隣を歩きながら、満足そうに笑った。
「悪くない仕事だったな。鮫島屋の奴らが見たら、泡を吹いて倒れるだろうぜ」
めいは小さく笑った。
こうして、アマギ屋の特注雨瓶『若葉の慈雨』は、ひとつの村に希望を届けた。
そして二人は、次の天気を届けるため、星の瞬き始めた道を歩いていった。




