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天気屋のお仕事~天気を売買する世界の物語~  作者: 相場 巴
第1部 第1章:天気を届ける仕事
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雨乞い②

 中央気象卸問屋街に到着しためい、蔵、そして風枯れの村から来た少年。

 普段なら、商人たちの呼び声や荷車の音でにぎわう市場だ。しかし、今日はどこか様子が違っていた。

 立ち並ぶ露店や問屋の店先には、同じような札がいくつも掲げられている。


『乾燥警報発令・雨結晶品薄・仕入れ相場暴騰中』

『売り切れ』


「どの問屋も品薄だの売り切れだの、札ばっかりじゃないか」


 蔵は並んだ店先を見回し、うんざりしたように言った。

 めいも難しい顔で周囲を見渡した。


「変ね。市場全体の雨結晶が、何者かに買い占められているのかしら」


 三人は少しでも雨結晶が残っていないか探しながら、市場を歩き続けた。

 そのとき、背後から聞き覚えのない声がかかった。


「おやおや、アマギ屋の小娘に配達屋じゃないか。こんな時期に雨結晶を探すとは、ずいぶんのんきなものだな」


 振り返ると、毛皮の襟巻きを身につけた男が立っていた。そばには荷運び人が控えている。

 悪徳気象ブローカーとして知られる、鮫島屋だった。

 鮫島屋は三人を見下ろし、冷たい笑みを浮かべた。


「世の中の仕組みを知らんのか? 統括府の気象配分計画では、帝都の商業区が最優先だ。周縁の貧しい村に回す余分な雨滴核など、ありゃせんのよ。天気の値段は、国が決めた命の値段というわけだ」


 少年は不安そうに、鮫島屋の顔を見上げた。


「それじゃあ、雨は買えないの?」

「買いたければ金を出せ。今なら金貨五枚で譲ってやってもいいぞ」

「き、金貨五枚?」


 少年は目を見開いた。


 村の子供たちまでお金を出し合って集めたのは、たった三十枚の銅貨だ。金貨五枚など、村中のお金をかき集めても払えるとは思えなかった。


 少年の目に涙が浮かぶ。


「人の命に関わる気象結晶を買い占めて、値段をつり上げるなんて。気象商人としての誇りはないんですか? 『天気の値段は、命の値段』です!」


 めいは、鮫島屋をまっすぐに見つめた。

 しかし、男は鼻で笑った。


「アマギ屋の青臭い家訓をいつまでも大事に抱えていたって、一文にもならんよ」


 めいは悔しさをこらえ、隣に立つ少年を見た。

 このままでは、村を救うための雨を手に入れられない。

 けれど、ここで諦めるわけにはいかなかった。


「今の市場では、どうにもならないわね」


 めいは顔を上げ、はっきりと言った。


「それなら、自分で作るまでよ!」

 ---


 アマギ屋に戻った三人は、すぐに工房へ向かった。

 めいは作業台に両手をつき、少年の顔を見つめた。


「アマギ屋の看板にかけて、君の村を絶対に見捨てたりしないわ」


 そう言うと、めいは脚立を使って高い棚に手を伸ばした。奥に置かれていたのは、埃をかぶった古いノートだった。


 表紙には、祖父の文字でこう記されている。


『アマギ屋秘伝録・気象変成手帖』


 めいはノートを開き、ページをめくった。


(何か、ここにヒントがあるはず)


 祖父が残した調合の記録を、一つずつ確かめていく。やがて、めいの指がある一節で止まった。


「ねえ、これを見て!」


 めいは、記述された文章を指さした。


「『規格外の余剰結晶でも、配合比と封止液のバランス次第で、大地に染み込む優しい雨を仕立てられる』って書いてあるわ!」

「本当に、そんなことができるの?」


 少年が不安そうに尋ねる。


「まだ試したことはないけれど、やってみる価値はあるわ」


 めいは収納戸棚を開け、二つの真鍮製の封緘ガラス瓶を取り出した。

 一つは『湿気雲の欠片(規格外)』。もう一つは『低気圧の澱』。


 瓶の中では、青と紫の気象蒸気がゆっくりと揺れている。


「市場で売れ残った規格外の湿気雲と、濃縮された低気圧の澱。この二つを再調合して、うまく希釈できれば、既製品の雨結晶に負けない雨が作れるかもしれない」


 めいは髪を束ね、額に真鍮製の偏光ゴーグルを装着した。そして、作業台に調合道具を並べていく。


「家訓には『大地の呼吸を乱す天気を売るべからず』とあるわ。畑を優しく潤す、特級の雨を仕立ててみせる!」


 蔵は袖をまくり、作業台の隣に立った。


「俺にできることはあるか?」

「ええ。手伝ってほしいことがたくさんあるわ」


 めいは祖父の手帖を開いたまま、調合の準備を始めた。

 ---


 夜が更け、工房の窓の外はすっかり暗くなっていた。

 少年は疲れ果て、工房の片隅で眠り込んでいる。その一方で、めいは何度も調合を繰り返していた。


 蔵もそばで作業を見守り、必要な道具を手渡している。


「湿気雲の結晶と、低気圧の澱の結晶の配合比は三対七。これが一番よさそうね」


 めいは手帖に記録を残しながら、瓶の中の様子を確かめた。


「この配合なら、雨滴が長く保てるはず。あとは封止液とのバランスを合わせるだけよ」

「よし、火加減はどうだ?」


 蔵は蒸留炉の送風器具を動かし、炉の炎を調整した。


 青金色の炎が勢いを増す。熱せられた気象蒸気が、レトルト管の中を巡り始めた。


「完璧よ。そのまま三秒維持して!」


 めいは加圧耐性のあるガラス瓶を固定し、低気圧の澱から取り出した濃縮蒸気を注入した。


「蒸気圧が一気に上がってきたぞ!」

「もう少しよ。低気圧の澱を触媒液に注入するわ」


 瓶の中で、青と紫の蒸気が混ざり合う。


 そのとき、工房の片隅で眠っていた少年が目を覚ました。音に気づいて顔を上げ、作業台の瓶を見つめる。


「瓶の中に、小さな雨雲が生まれてる」


 少年は驚いたように息をのんだ。

 瓶の中では、蒸気が渦を巻き、小さな雲の形を作り始めていた。


 しかし、瓶内の圧力は危険域を示す赤い目盛りの直前まで上がっている。このままでは、蒸気が一気に噴き出しかねない。


 蔵は瓶を固定する木枠を、両手でしっかりと押さえ込んだ。


「押さえたぞ!」


 めいは獣脂を塗ったコルク栓を手に取り、瓶の口に狙いを定めた。


「今よ!」


 木槌を振り下ろし、コルク栓を一気に打ち込む。

 栓が瓶の口に収まり、内部の蒸気が閉じ込められた。

 めいは慎重に瓶を確認した。


「よし、封止できたわ。あとは暗室木箱に入れて、一晩寝かせましょう」


 こうして、夜通しの調合作業はひとまず終わった。

 ---


 翌朝。


 工房に柔らかな朝の光が差し込んだ。

 めいはベルベットを敷いた暗室木箱を開け、中から気象瓶を慎重に取り出した。


「暗室で一晩寝かせたから、触媒液と低気圧の澱が、うまくなじんでいるはずよ」


 昨夜は危険なほど高まっていた瓶内の圧力も、今は落ち着いている。

 澄んだ液体の中では、翡翠色とシアンの小さな雨雲が、まるで小さな箱庭のように揺れていた。


 めいは瓶を朝の光に透かし、偏光ルーペ「調合鏡」で内部を細かく調べた。


「気圧安定度、99.8パーセント。雷結晶の混入なし。気泡の歪みもゼロ。大地の呼吸にぴったり寄り添う波形が出ているわ!」

「やったな、めい!」


 蔵が笑顔を見せた。

 少年も瓶の中を覗き込み、目を輝かせた。


「完成したの? ありがとうございます、お姉ちゃん!」


「ええ。これなら、きっと村の畑を潤せるわ」


 めいは完成した瓶を木箱に収めた。最後に、アマギ屋の紋章である「雲と三つ葉」の真鍮スタンプを、封蝋にしっかりと押し当てる。


「アマギ屋が誇る特級品質保証。名付けて、特注『若葉の慈雨』!」

 瓶の中では、小さな雨雲が淡い虹を浮かべながら、静かに揺れていた。


「瓶の中に、虹と小さな雨雲がある」


 少年は、目の前の光景に見入っていた。

 二か月もの間、雨を待ち続けた村。その畑に、ようやく希望を届けられるかもしれない。

 蔵は完成した瓶を木箱に収め、配達の準備を整えた。


「最高の特注品ができたな。日没前に風枯れの村まで届けるぞ!」


 めいは力強くうなずいた。


「うん。みんなが待っているものね」


 三人は、風枯れの村へ向かう準備を始めた。

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