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天気屋のお仕事~天気を売買する世界の物語~  作者: 相場 巴
第1部 第1章:天気を届ける仕事
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雨乞い①

 

「本日の気圧、1013hPa。湿度45%……よし、測候完了!」


 初夏の朝、アマギ屋の工房。


 めいは真鍮製の晴雨計を指先で軽く叩き、偏光ゴーグルを装着して、工房内の気圧と湿度を確認した。


「気泡抜けなし、雷結晶の混入ゼロ。合格!」


 朝の光に気象結晶を透かし、

 偏光ルーペ――通称「調合鏡」で細部まで入念に調べていく。


 最後に、瓶のコルク栓に朱色の封蝋を垂らし、

 アマギ屋の家紋である「雲と三つ葉」の真鍮スタンプをジュッと押し当てた。


 こうして、今日もアマギ屋の一日が始まる。


 ---


 ドアベルが鳴り、蔵が工房に顔を出した。


「よ! 朝から頑張ってるな、めい!」

「おはよう、蔵。今日もいい日になるといいね」


 ---


 二人がたわいのない話をしていると、工房の扉が勢いよく開いた。

 そこに立っていたのは、息を切らし、泥だらけになった8歳くらいの少年だった。


「ハァッ…ハァッ…! た、助けて…!」



 少年はその場に膝をつき、両手を差し出して必死に懇願した。


「ここが…天気を売ってくれるお店ですよね!? お願いです、雨を、僕たちの村に『雨』を売ってください!! もう2か月も雨が降っていないんです!」

「ちょっと落ち着いて。まずは水を飲んで、息を整えて」


 めいが差し出した水を、少年は一気に飲み干した。

 ようやく呼吸が落ち着くと、少年は事情を話し始めた。


 ---

「ぼくは、街から半日歩いたところにある『風枯れの村』から走ってきたんだ。もう2か月も雨が降ってない! このままじゃ、トウモロコシもほかの作物も全部枯れて、村のみんなが死んでしまう…」


 少年の言葉を聞きながら、めいは村の様子を思い浮かべ、心を痛めた。


「統括府の役所にも行ったんだ! でも『お前たちの村は優先配給区じゃない、雨が欲しければ正規の配給枠を金で買え』って追い返されて……! 帝都はお金があるから毎日晴れなのに、どうして僕たちの畑は干からびなきゃいけないの!?」


 ひび割れた大地。容赦なく照りつける日差し。

 そして、枯れ果てようとしているトウモロコシ畑――。


 少年はめいの目の前にあるテーブルに、銅貨を置いた。


「ぼくの全財産と、風枯れの村の子供たちでお金を集めたんだ。これで、畑を潤す雨をください!」


 めいは、少年の健気な姿に胸を痛めた。

 けれど、現実は厳しかった。

 銅貨では『雨』を買うことができないのだ。


「銅貨30枚あるよ。足りるよね…!? 雨の瓶、買えるよね!?」


 すがるように見上げる少年を前に、めいは言葉に詰まった。


 代わりに答えたのは、蔵だった。


「少年よ、今の相場じゃ、その銅貨で買えるのは『涼風』の小瓶ひとつがやっとだな。畑一面を潤す雨なら、銀貨10枚、いや、20枚はないと買えない」


 工房の壁には、相場を記した木札が掲げられていた。


『雨結晶(一般級) 銀貨15枚~ 急騰中』


 その隣には『乾燥注意報 発令』の札もある。


 さらに、その傍らには、アマギ屋の家訓が額に入れて飾られていた。


『天気の値段は命の値段。困窮者に法外な相場を吹っかけるべからず』


 めいはその家訓を見つめながら、なんとか少年を助けたいと思った。


(なんとかこの子を助けたい。けれど、もううちには雨結晶の在庫が残っていない)


 少年は、うつむいて肩を落とした。



「君、諦めるのはまだ早いわ!」


 めいは少年の顔を見て、力強く言った。


「中央気象卸問屋街に行きましょう。市場で安く譲ってもらえる規格外の雨結晶か、問屋の在庫を探してみる!」


 その言葉に、蔵は不敵にほほ笑んだ。


「めいならそう言うと思った。行こう」


 少年の表情に、わずかな希望が戻る。


「お姉ちゃん、お兄ちゃん、ありがとう!」

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