晴天、返品不可 ③
めいは、固く施錠された「黒潮堂 第七倉庫」の鉄扉を前に、途方に暮れていた。
「これじゃ、中に入れそうもない……うーん」
めいが頭を悩ませている横で、蔵は腰の道具袋から細い道具を取り出した。
そして、南京錠に手をかけると、慣れた手つきであっという間に開錠してしまった。
「よし、開いたぞ。天気の運び屋――配達員の技術を見たか?」
「手慣れた手つきすぎじゃない? 配達員って、そんな技術があるの? ま、今は助かるからいいけど」
二人は重い鉄扉を押し開け、薄暗い倉庫の中へと忍び込んだ。
「見つからないように静かにしろよ。なぜか中には見張りがいないが、逆に不気味だな」
倉庫内には木箱が高く積み上げられ、その隙間を紫色の燐光と黄金色の光が漂っていた。奥には、怪しげな作業台が見える。
「ねえ、見てよ。あそこの作業台」
めいが指さした先には、蒸留管やフラスコ、加工途中の瓶が並んでいた。そのすぐ横には、一冊の帳簿が置かれている。
天気屋の店長であるめいには、ひと目で異常な作業の痕跡だとわかった。
めいは周囲を警戒しながら帳簿を手に取り、ページをめくった。
「ひどい! 安価な『余剰雷雨結晶』を『晴天』の瓶の底に詰め込んで、重量を水増ししてる! それなのに、高級品として出荷していたんだわ!」
そのとき、倉庫の奥から足音が響いた。
コツ…
コツ…
めいと蔵は、はっとして音のする方を振り返った。
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「コソ泥が入ったかと思えば、アマギ屋の小娘と配達野郎か」
暗がりから現れたのは、黒潮堂の幹部、黒潮陣だった。その背後には、屈強そうな用心棒たちがひかえている。
蔵はめいを守るように前へ出た。
「黒潮堂の幹部自らお出ましか。随分とせこいことをやっているんだな」
「雷雨結晶で重さを偽装して卸すなんて、気象商人の風上にも置けないわ! この不正行為を、総括府に突き出してやる!」
「突き出すだと? ここから生きて出られればの話だがな。お前たち、あの小娘と配達野郎を捕まえろ!」
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その言葉を聞いた瞬間、めいは蔵の手を引いた。
迫りくる用心棒たちの目の前で、懐から取り出した『霧』の結晶瓶を開放する。
次の瞬間、濃い霧が一気に倉庫内へ広がった。
「今よ、蔵!」
二人は視界を奪われた用心棒たちを振り切り、倉庫の出口へと走った。
重い裏木戸を押し開け、夕暮れの路地裏へ飛び出す。
「このまま問屋街を抜けて、総括府へ駆け込むぞ!」
「うん! この帳簿を届ければ、黒潮堂の不正を暴くことができるわ!」
倉庫から漏れ出す霧を背に、黒潮陣と用心棒たちも追いかけてきた。
「逃がすな! 帳簿を奪い返せ! 小娘から片付けろ!」
「めい、足元に気をつけろ! この路地裏は俺がよく知ってる配達ルートだ! この道なら連中を撒ける!」
「さすが配達員ね、道に詳しいのね!」
蔵は路地裏に置かれた荷物や木箱を身軽にかわし、入り組んだ裏道を迷いなく進んでいく。めいもその後を追い、二人は近道を抜けて追っ手を振り切ろうとした。
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やがて、夕暮れの街並みの向こうに、提灯が灯る総括府の正門が見えてきた。
めいと蔵は、息を切らしながら正門前へ駆け込んだ。
そこには総括官と警備兵たちが立っていた。
しかし、二人の後を追ってきた黒潮陣も、すぐさま正門前に姿を現した。
「総括官殿! その二人を捕らえてくだされ! そいつらは、私どもの第七倉庫に押し入り、機密帳簿を盗んだ強盗です!」
黒潮陣は先手を打ち、二人に罪を着せようと指を差した。
警備兵たちが警戒を強める中、蔵は臆することなく前に出た。
「盗っ人猛々しい! 白黒はっきりつけようじゃねぇか!」
「総括官様、騙されないでください! これが黒潮堂の不正を示す証拠です!」
蔵が黒潮陣を睨みつける横で、めいは帳簿と証拠の瓶を高く掲げ、総括官に訴えた。
「黒潮堂は、安価な『雷雨結晶』を『晴天』の瓶の底に詰め込んで、重量を水増ししていたんです! この帳簿と、こちらの瓶を見てください!」
めいは証拠の瓶を慎重に持ち、瓶のコルクの栓を抜いた。
途端に、晴天のラベルが貼られた瓶から、紫色の稲妻と暗雲が激しく噴き出した。
「危ない! 全員、瓶から離れろ!」
警備兵の一人が叫び、周囲の者たちはとっさに距離を取った。
紫色の稲妻が空中を走り、黒い雲が渦を巻く。その異様な光景に、総括官も思わず目を見開いた。
めいは瓶から目を離さず、声を張り上げた。
「総括官様!帳簿に記された刻印番号と、瓶の底に刻まれた番号も完全に一致しています!」
「な、何だと!?」
総括官は驚きに目を見開いたが、すぐに表情を引き締めた。
「黒潮堂の関係者を拘束しろ! 第七倉庫の在庫をすべて差し押さえろ!」
総括官の命令を受け、警備兵たちが黒潮陣と用心棒たちを取り押さえた。
こうして、黒潮堂の不正は明るみに出た。
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天気屋「アマギ屋」にも、ようやく日常が戻ってきた。
『晴天』をよく買いに来る農家の客が、品質保証付きの正規品『特選晴天』の瓶を受け取り、満面の笑みを浮かべている。
「これで安心して畑に使えるよ! 畑の麦も救われる!」
「よかったですね!」
めいも笑顔で応えた。
一方、蔵は市場の朝刊瓦版を広げていた。紙面には「黒潮堂の不正摘発・第七倉庫閉鎖」という見出しが躍っている。
「総括府の調べで、出どころ不明の混入結晶がごっそり押収されたと書いてあるな。大手も形無しだな」
「へえー。でも、安価な雷雨結晶を大量に流していた大元は不明なのね……」
めいは、まだ解決していない謎に思いを巡らせた。
「ひとまず、アマギ屋の仕事は変わらないよな」
再び背負子を背負い、配達の準備を始める蔵。めいは台帳を手渡した。
「頼りにしてるよ、蔵!」
晴れ渡る青空と白い雲。
店先には、色とりどりの気象瓶が並んでいる。
めいは軒先に立ち、澄み渡る空を見上げた。
天気を買い、天気を売る――。
天気屋「アマギ屋」の物語は始まったばかり。




