逃げてきた小さなお客さん①
今日も日が暮れる。
アマギ屋の店先で、めいは「営業中」の木札を裏返し、「本日の営業は終了しました」に掛け替えていた。
「今日も一日お疲れ様」
暖かな空気に包まれたアマギ屋の工房内。
カウンターで脚を組み、蔵は配達伝票を麻紐で束ねていた。
「今日の配達も全部時間通りに終わったな」
タッタッタッタッ。
「……ん? 外から誰か走ってきてないか?」
小さな足音が、ものすごい勢いで近づいてくる。
バァン!
次の瞬間、工房の扉が勢いよく開いた。
飛び込んできたのは、十歳くらいの小さな子どもだった。勢い余って敷居につまずき、板張りの床にペタンと尻もちをつく。
体全体をすっぽりと覆う、ボロボロでぶかぶかのマント。目深にかぶったフードの影からは、汗ばんだ額と息を切らした口元がのぞいていた。
「はぁ……はぁ……。ここが……『天候相談処』……!?」
「きゃっ!? だ、大丈夫?」
「どうしたんだ? もう閉店時間だぞ」
ぜぇ、ぜぇと肩で息をする子ども。
袖の中で小さな両手を握りしめ、必死な眼差しで二人を見上げた。
「追っ手が……! お願い、少しだけ隠れさせて……!」
「追っ手? 物騒なこと言ってんな……。いったい何があったんだ?」
工房の空気が一気に張り詰めた。
その時。
ぐうぅぅ~~~っ!
子どものお腹が、大きな音を立てた。
「お、お腹なんて鳴っていないわ!」
カウンターにもたれた蔵は、お腹を抱えて笑いをこらえている。
その横で、めいは優しくしゃがみ込み、子どもと目線を合わせた。
「ふふっ。大丈夫よ、怖がらないで。まずは中でゆっくりして、足を休めましょう?」
暖かな灯りがともり、薪ストーブの炎がパチパチと音を立てるアマギ屋の奥。
めいは子どもの手を取り、薪ストーブの前に置かれた丸椅子へと案内した。
「ちょうど夕ご飯のスープを作っていたところなの。今、温かいものを持ってくるわね」
「……スープ? あなたが作ったの?」
「ええ、そうよ。ちょっと待っていてね」
めいは薪ストーブのそばにあるテーブルに、湯気の立つボウルをそっと置いた。
ボウルの中には、カブやニンジン、ジャガイモ、それに柔らかく煮込まれたお肉がたっぷり入っている。澄んだスープからは、食欲をそそる香りが立ち上っていた。
椅子に座った子どもは、フードの下から丸い瞳を輝かせ、思わず生唾を飲み込んだ。
「はい、お待たせしました。熱いから、ふーふーして食べてね」
子どもはスープに息を吹きかけながら、ゆっくりと口に運んでいく。
一方、蔵は薪ストーブの灰の中から、新聞紙に包んで焼いておいた焼き芋を取り出した。
それを二つに割り、半分を小皿に載せて子どもの前に置く。
「ほらよ。薪ストーブの灰の中で焼いといた焼き芋だ。半分やるよ」
「……これ、本当にいただいてもいいの? 私、お金を持っていないのよ?」
「いいのよ。お腹が空いているときに食べるご飯が、一番美味しいんだから。お代は、ごちそうさまの笑顔で十分よ」
損得ではなく、人の心とお腹を満たすことを何より大切にする二人。その温かさに、子どもの頬がほんのりと赤くなった。
子どもは両手でスプーンを握り、息を吹きかけながらスープをすくった。ニンジンを口に運び、そっと頬張る。
すると、子どもの顔がぱあっと輝いた。
「おいしい……! とっても温かくて、お野菜が甘いのね……!」
「よかった! お口に合った?」
「はい、とても美味しいです」
さらに、子どもは焼き芋を両手で持って頬張り、スプーンでスープを次々と口に運んでいく。
カウンターにもたれた蔵は、腕を組み、優しい兄貴分のような笑みを浮かべながら、その様子を見守っていた。
「美味そうに食うなぁ。何日飯を食ってなかったんだ?」
もぐもぐ。
んぐっ、はふっ。
子どもはスープのボウルを両手で持ち上げると、最後の一滴まで飲み干した。
その拍子に、大きすぎたフードが頭からズルリと後ろへ滑り落ちてしまった。
「ごちそうさまでした! こんなに美味しいスープと焼き芋、生まれて初めて食べましたわ!」
フードが背中まで落ち、隠されていた姿があらわになった。
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ふわりと広がる美しいハニーブロンドの巻き毛に、陶器のように白い肌。そして、胸元には黄金に輝くブローチがあった。
「「……!?」」
何かとんでもないものを見てしまった。きっと気のせいだ。
そう思いたいかのように、めいと蔵は互いに顔を見合わせた。
「いやいやいや、ちょっと待っ……。ブローチ!? え、本物か!?」
「あ、あの……その胸元のブローチの紋章は、まさか皇宮の……!?」
子どもはすっと立ち上がると、ボロボロのマントの裾を上品につまみ、優雅にお辞儀をした。
柔らかなウェーブヘアと黄金のブローチがきらめく中、子どもは穏やかに微笑んだ。
「名乗らずに申し訳ございません。私はクララ。エルグノア帝国の皇女です」
「お、皇女様ーーーっ!?」
めいは、人生で一度も出したことのないような、ひっくり返った声を上げた。
「なんで皇女様がボロボロのマント一枚で、こんな下町の路地裏に一人でいるんだよ! 護衛はどうした!? いや、あの……どうなさいました……ですか!?」
髪に手を当てながら、蔵も大混乱。間違いだらけの敬語で皇女に問いかけた。
「……逃げてきたのです。……どうしても許せなくて」
薪ストーブの柔らかな光に照らされたクララの瞳には、切実な思いが宿っていた。
小さな両手を胸の前でぎゅっと重ね、クララは続けた。
「貴族たちが、町の人たちから天気を奪っているのです」
「天気を……奪っている……?」
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