逃げてきた小さなお客さん②
「ボローニュ公爵が、天気屋『青嵐堂』と手を組んで、自分たちのパーティーのためだけに、帝都中の青空と涼しい風を買い占めているのです。噂では、下町の一等地にも大きなお店を建てて、街中の空気を吸い集める準備をしているようで……!」
「……待てよ。下町の一等地って、まさか……ウチの向かいにある、あの工事中のビルか?」
「えっ……!? あのビルが青嵐堂なの!?」
「しかも、青空と涼しい風の買い占めだって? そんなことをしたら、晴れた空を作るために押し出された熱気が、周りの街や畑に流れ込んでしまうじゃないか」
「はい。それに、涼しい風を無理やり集めるには、空気中の湿気や雨雲まで吹き飛ばさなければなりません。雨は、風や雲がうまく混ざり合うことで降るものです。ところが、公爵様たちが空の流れを乱しているせいで、畑の上に雨雲ができなくなってしまったのです」
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ボローニュ公爵の庭園。
人工的に作られた完璧な晴天と心地よいそよ風の下、太ったボローニュ公爵がシャンパンを片手に高慢な笑みを浮かべていた。
その隣では、豪華な気象結晶フラスコを手にしたキザな商人ジルバが、不敵な笑みを浮かべている。
「そのせいで、お城の外では畑に雨が降らなくなり、街の人たちが苦しんでいると聞いたのです……」
めいは、クララの話から街の人々の苦境を思い浮かべた。
雨が降らず、カラカラにひび割れた畑。枯れかけたトウモロコシを前に、頭を抱えて嘆く農民たち。
下町の蒸し風呂のような路地裏では、汗だくになりながら途方に暮れる人々の姿があった。
「『空はみんなのものだから、独り占めしないで』と、お父様や公爵に訴えましたわ。でも、『子どもは口を出すな』と言われて、誰も聞いてくれなくて……」
クララは胸の前で小さな両手をぎゅっと握りしめた。
ぽろぽろと涙をこぼしながら、うつむいてしまう。
めいと蔵は唇をかみしめ、静かな怒りを感じていた。
「街の噂で聞いたのです。第七管区の下町に、街の人たちの声に耳を傾け、優しい天気を届けてくれる小さな天気屋さんがあると……!」
クララは涙をぬぐい、二人をまっすぐに見つめた。
「だから、ここまで来たのです。お願いです。どうか、みんなの空を取り戻してください!」
「クララちゃん、一人でここまで来たのですね。本当によく頑張りましたね」
「お姉さん……」
めいは膝をついてクララと目線を合わせると、ハンカチを取り出し、頬を伝う大粒の涙を優しく拭った。
クララは鼻をすすりながら、めいの温かな瞳を見つめた。
「お金や身分があるからといって、空を独り占めしていいはずがありません。『天気の値段は命の値段』。おじいちゃんの教えに反するような悪事は、絶対に見過ごせません!」
「……大貴族に大手の天気屋『青嵐堂』か。相手にとって不足はねぇな。泣いてる姫様を、そのまま城に返すわけにはいかないだろ。俺たちの手で、きっちり空を取り返そうぜ」
蔵は野生味あふれる笑みを浮かべた。
薪ストーブの温かな炎が、アマギ屋の工房を照らしている。
クララを真ん中に、めいと蔵はそれぞれ彼女の小さな手に自分の手を重ねた。
「ありがとうございます……! 私、お姉さんもお兄さんも大好きです!」
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表の大通りから、鋭い警笛と馬車の激しい走行音、そして騎馬隊の蹄の音が響いてきた。
蔵がいち早く窓辺に駆け寄り、麻のカーテンの隙間から外をのぞき込む。
夕闇が迫る石畳の通りには、近衛兵と騎馬隊の黒いシルエットが無数に集まっていた。
「表の通りに、騎馬隊と近衛兵がうじゃうじゃ集まってきてるぞ」
クララはビクッと肩を震わせ、恐怖に目を見開いた。めいの後ろに身を隠し、小さな両手でめいの服をぎゅっと握りしめる。
めいはそんなクララの頭に、優しく手を添えた。
「見つかってしまったのでしょうか……。城の近衛兵です」
「大丈夫よ。私が絶対に守りますから!」
ドタドタドタッ!!
外から、猛烈な勢いで駆け寄ってくる足音が聞こえた。
「はぁ、はぁ……っ! ここだ……ここに違いない……!」
アマギ屋の正面扉のすぐ外から、切迫した息遣いとともに声が聞こえてくる。
それを聞いた蔵は、扉の前に立ちはだかった。
歯を食いしばり、いつでも侵入者を迎え撃てるように身構える。
「追っ手か!? めい、姫様を奥の工房へ隠せ!」
めいは奥の工房へ続く扉を振り返り、クララを抱き寄せた。
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バァァァンッ!!
凄まじい音とともに、アマギ屋の扉が勢いよく開いた。
夕闇と吹き込む風、砂煙を背負って仁王立ちしていたのは、制服の上着を激しく乱し、制帽を斜めにかぶった気象保安測候局局長、シルフィ・アウラだった。
「クララ様ーーーーッ!! ご無事ですかァァッ!!?」
シルフィは血相を変え、目を見開いて必死に手を伸ばした。
「わわっ!? ぐえっ!?」
最高に格好よく突入した次の瞬間、お約束とばかりに、シルフィの黒革ブーツのつま先がアマギ屋の入口にある木の敷居に激突した。
その勢いで体が前のめりになり、シルフィは床に向かって放り出された。
板張りの床を、お腹で滑っていくシルフィ。
「い、痛たた……! 敷居の高さが建築規定より三ミリも高いぞ……!」
「……なんだ、いつものドジっ子お役人さんかよ。心臓に悪い登場の仕方をするんじゃねえよ!」
扉の前で戦闘態勢を取っていた蔵は、すっかり力が抜けたように肩を落とした。冷や汗を浮かべながら、天を仰ぐ。
「シ、シルフィさん!? 大丈夫ですか!?」
「あ……シルフィだ」
めいは心配そうに膝をつき、シルフィに手を差し伸べようとした。
一方、クララはめいの後ろからちょこんと顔を出し、シルフィを指さして平然とつぶやいた。
シルフィはクララの声を聞くと、勢いよく跳ね起きた。
「ほ、本当にここにいらっしゃったーーー!? 城中が大騒ぎで、近衛兵総出で捜索していたのだぞ!!」
「ふん! シルフィだって、私の話を聞いてくれなかったじゃない!」
シルフィは額を押さえながら、床に落ちた制帽を拾い上げ、胸元に抱えた。
そして、声を落として話し始めた。
「申し訳ありません、クララ様。しかし、公爵と青嵐堂の背後には、宮廷内の大きな利権が絡んでおり、測候局の権限だけでは踏み込めなかったのです……」
「やっぱり、あいつらの仕業なのは本当なんだな?」
「シルフィさん。法で裁くのが難しいのなら、私たちが天候相談処として立ち向かいます。街の人たちの空を奪うなんて、絶対に許せません!」
「め、めい殿……。相変わらず無茶を言う。だが……よろしい、私も全力を尽くそう!」
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ゴオオオオッ……
外から、地響きのような不気味な機械音が響き始めた。
その振動が、工房の窓や床をビリビリと震わせる。
めい、クララ、蔵、シルフィの四人は異変に気づき、一斉に正面大通りに面した大きな出窓へと駆け寄った。
カーテンを開け、外の様子を確かめる。
「なんだ、この地鳴りは……!? 地震か!?」
「違う、魔導機関の起動音だ……! 表の通りから聞こえるぞ!」
四人が窓の外を見ると、大通りを挟んだ向かいのビルに、巨大なネオン看板『青嵐堂』が煌々と輝いていた。
そして、その屋上に設置された超大型魔導吸引ファンが、不気味な重低音を響かせながら、ゆっくりと回転を始めていたのだった。
「まさか、ウチの向かいに対決の拠点を構えやがるとはな」
「やはり、あのファンには違法な大出力炉心が積まれているな……!」
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