風車のある丘で②
夕方に差し掛かる頃。
凧揚げを満喫し、頬を赤らめた孤児院の子どもたち。孤児院の職員と一緒に凧の糸巻きを片付けながらも、満足げな顔をしていた。
「あーっ、楽しかった! 今までで一番高く飛んだよ!」
「めいお姉ちゃん、蔵お兄ちゃん、また来てね!」
「ええ、また絶対に遊びに来るわね。凧、とっても上手に飛んでいたわよ」
「子どもたちに最高の思い出をありがとうございました」
蔵がバッグを肩に掛け、めいも立ち上がった。二人は子どもたちと孤児院の職員に別れを告げ、風車の丘を後にした。
めいの歩調に合わせ、蔵が隣をゆったりと歩く。
数分歩いたところで、蔵が立ち止まった。
「せっかくだから、日が落ちるまで丘の風をのんびり味わってから帰らないか?」
蔵は草の上に腰を下ろし、隣をポンポンと叩いてめいを誘った。
「ほら、めいも座れよ。今日は疲れただろう?」
「……うん、じゃあ隣に座るね」
夕日が地平線に沈みかけ、オレンジ色から紫色へと移ろう広大な夕空。
遠くには、帝都の時計塔や屋根のシルエットが浮かび上がっていた。
「こうして夕日を見ていると、不思議ね。統括府が天気を独占していた時代は、決められた時間に決められた夕暮れが訪れるだけだったのに。今の空は、毎日違う色を見せてくれるのね」
蔵は膝を抱えて頬杖をつき、夕日ではなく、めいの穏やかな横顔をじっと見つめていた。その眼差しは柔らかかった。
「あの頃のお前は、じいさんの店を一人で守るのに必死で、空を見上げる余裕すらなさそうだったからな」
「えっ。私、そんな顔してた?」
「ああ。今にも泣きそうな顔で仕事してたぜ。だけど今は、いい顔して笑うようになった」
夕風がふわりと吹き抜けた。
風に押されるように、二人の肩がそっと触れ合う。
ドキッ。
「蔵が、隣にいてくれたから」
「俺は何もしてないぞ?」
夕暮れの空を見上げ、めいは遠くに瞬く一番星に目を細めた。
「ううん。私、ずっと不安だったの。おじいちゃんがいなくなってアマギ屋を継いで必死で、今度は統括府の天気独占時代も終わって。天気屋から天候相談処になって。目まぐるしい日々が続いて。私は何ができるんだろうって」
「うん」
「でも、今日、子どもたちの笑顔を見て、この街の人たちの明日に寄り添う天候相談処でいたいって、心の底から思ったの」
蔵はめいを見つめた。
「昔の俺は、どこにも留まらず、走ることしか能がなかった。だけど今は、めいの瓶を背負って走るのが一番しっくりくる。めいに出会って、アマギ屋で配達を続けるうちに、あの日以来どんよりしてた俺の心が、晴れやかに澄んでいったんだ」
「蔵……」
「めいが空を見上げ続ける限り、俺の足はお前専用の配達屋だ。どこへだって飛んでってやるよ」
蔵は少し照れながらも、力強くめいに語りかけた。
めいは胸がいっぱいになった。
やがて、夕暮れの風が夜の気配を運んできた。
「ほら、そろそろ帰るぞ。足元が暗くなっちゃうからな」
蔵が先に立ち上がり、芝生に座ったままのめいに手を差し伸べた。
トクン……。
蔵に手を引かれ、グッと引き上げられた反動で、二人の顔が至近距離まで近づいた。
めいの頬が赤く染まる。
蔵は頭をかきながら、思い出したかのように口を開いた。
「あ、そうだ。孤児院の子どもたちから、めいに渡してくれってよ。風の音がするお守りなんだって」
「わあ、素敵。風鈴草の実ね! とってもかわいらしいわ」
めいは受け取った風鈴草の実を、大切そうに見つめた。
ランタンの温かな灯りを携え、肩を並べて夜の風車の丘を下る二人。
遠くには、帝都の夜景が星空のようにきらめいていた。
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街灯が灯る下町の石畳。
二人はアマギ屋に戻ると、鍵を開けて店内に入り、ようやく一息ついた。
さっそくめいは、子どもたちからもらった風鈴草の実を出窓にそっと飾った。
「風が吹くたびに優しい音が鳴るわね」
蔵はおもむろにカウンターへ目を向けた。
そこには、空になったサンドイッチの包み紙と、気象保安測候局の公式印が押されたメモが残されていた。
□□□
報告:サンドイッチは極めて優秀な栄養価であった。金庫に保管する前に胃袋に収まったことは不可抗力である。この恩は忘れない。
――気象保安測候局 局長 シルフィ・アウラ
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めいと蔵はそのメモを見て、大爆笑してしまった。
ランプの温かな光に包まれ、笑顔になる二人。
開いた窓からは、風車の丘の草の香りを乗せた夜風が吹き抜けていた。
こうして、二人の穏やかな夜は更けていった。
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