風車のある丘で①
朝の光が差し込む。
アマギ屋では、めいが手作りサンドイッチを包み、蔵が孤児院から届いた手紙を確認していた。手紙には、風車と凧の絵が描かれている。二人は朝からせわしなく準備を進めていた。
「よし、たまごとハーブチキンのサンドイッチ、詰め終わったわ」
「郊外の『風車の丘』にある孤児院から、ピクニック用の特急注文だ。凧揚げ用のそよ風瓶もしっかり用意したぞ」
「丘の上は風の通り道だから、子どもたちが凧を揚げやすいように、穏やかで上向きの『昇りそよ風』を調合したのよ」
「子どもたちの喜ぶ姿が目に浮かぶな」
カランコロン♪
そこへ、制服姿のシルフィがやってきた。パトロールの巡回中らしい。
「何か変わったことはないか」
「局長さん、朝っぱらからまたサボ……いや、パトロールかよ。変わったことなんてねえよ」
ぐーーーーーっ!
アマギ屋のカウンターに置かれた朝食用のサンドイッチに目を奪われた瞬間、シルフィのお腹が盛大に鳴った。
「今のは気圧変動による内臓共鳴だ! 決して腹が減っているわけでは……!」
「腹の虫が大合唱してんじゃねぇか」
「シルフィさん、朝ごはんはまだだったんですか?」
シルフィは何事もなかったかのように、胸ポケットから万年筆を取り出そうとした。
ところが、指が滑り、ペンを床に落としてしまう。
「あいたっ……! な、なぜこんなところに突起物が……!?」
慌ててペンを拾おうと机の下に潜り込んだシルフィは、勢い余って頭を机の角に派手にぶつけた。
「机に思いっきり頭ぶつけてんじゃねえよ、局長さん。ほら、サンドイッチ食べたいのか? 一個分けてやるって」
蔵はカウンターから身を乗り出し、ニヤニヤ笑いながらサンドイッチをシルフィに手渡した。
「シルフィさん、お仕事の合間に召し上がってくださいね。今朝焼いたパンに、採れたてのたまごとハーブチキンを挟んだんです」
シルフィはサンドイッチを両手で捧げ持ち、顔を真っ赤にして強がった。
「欲しいとは一言も言っておらん……。……し、しかし、めい殿のご厚意を無下にするわけにはいかん。執務室の耐火金庫に厳重保管してからいただ……」
「傷むから今すぐ食えよ!!」
間髪入れずに蔵がツッコミを入れた。
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「もぐもぐ。ところで、めい殿に蔵。ずいぶんとせわしないが、遠出するのか?」
「はい。『風車の丘』の孤児院からピクニック用の特急注文が入りましたので、今から届けに行くんですよ」
「……気をつけて行ってこい、めい殿、蔵。丘の上は風が変わりやすい。注意するのだぞ」
「はい! 行ってきます、シルフィさん」
「お役人さんも、書類仕事頑張りな」
めいはアマギ屋の扉に「本日は休業」と書かれた立て札を掛けた。
サンドイッチを食べ終えたシルフィは店を出て、風車の丘へ向かうめいと蔵を見送った。
「あ、そうだ、お役人さん。暇ならうちの店番をしててもいいんだぜ?」
「二度としないと言っただろう? それに、私は暇ではない」
めいと蔵はふとアマギ屋の向かい側に目を向ける。
「おい見ろよ、向かいのシート。今週末いよいよオープンらしいぜ。『祝・帝都本店』とかいう金の文字が透けて見えてんぞ」
「本当ね。あんな立派なビル、どんなお店なのかしら。ご近所さんになるんだから、オープンしたら一度ご挨拶に行かなきゃいけないわね」
「挨拶ねぇ……なんか嫌な胸騒ぎがすんだけどな」
ふたりは胸騒ぎをしながらも、風車の丘へと足を運んだ。
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帝都の街並みを抜けると、なだらかな緑の草原と青空が一面に広がっていた。
遠くの丘の頂には、木製の大きな風車が立ち、白い羽根をゆったりと回している。
めいはバスケットを抱え、胸いっぱいに草の甘い香りを吸い込んで、笑顔を輝かせた。
「んーーっ! 風がとっても澄んでいて、草の甘い香りがするね。街から一歩出ると、こんなに広い空が広がっているなんて。やっぱり外の空気は最高!」
「統括府の晴天ドームの下じゃ、一年中同じ乾いた風しか吹かなかったからな。空が自由になって、風も生き返ったみたいだよな」
めいは蔵の横顔をそっと見つめ、胸の奥が温かくなるのを感じた。
「蔵が嬉しそうだと、私も配達に来てよかったなって思うわ」
「何言ってんだか」
蔵は少し照れくさそうに答えた。
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すると、蔵が丘の頂上を指さした。
「めい、見ろよ! 子どもたちが待ちきれずに凧揚げを始めてるぞ!」
丘の上空では、手作りの凧が風を受けて舞っていた。
「子どもたち、首を長くして待っててくれてるのね。急ぎましょう、蔵!」
「おう! 特急便で行くぜ!」
巨大な風車が回る丘の頂上には、素朴で温かな石造りの孤児院が建っていた。
孤児院の職員と子どもたちは、めいと蔵の姿を見つけると、笑顔いっぱいで出迎えた。
「ようこそいらっしゃいました、アマギ屋のめいさん、蔵さん。子どもたちが待ちわびておりましたよ」
「こんにちは。今日は絶好のピクニック日和ですね!」
蔵の周りには、あっという間に子どもたちが集まってきた。元気いっぱいに飛びつく子もいる。蔵はなぜか子どもたちから大人気なのだ。
「蔵のお兄ちゃん!」
「見て見て、新しい風車凧を作ったんだ!」
「早く飛ばしたいーっ!」
蔵は子どもたちの頭を優しくなでた。
「慌てんなって! まずは腹ごしらえしてからだ。めい特製のうまいサンドイッチがあるぜ!」
「わぁぁい! サンドイッチだーっ!」
クローバーの生い茂る草原にチェック柄のシートを広げ、めいはバスケットからサンドイッチを取り出した。包みを開き、子どもたちに一つずつ手渡していく。
「はい、どうぞ! 採れたてのたまごとハーブチキンがたっぷり挟んであるのよ。いっぱい食べてね!」
「わあ、おいしい! たまごがふわふわしてるー!」
子どもたちの楽しそうな声が、草原に響き渡る。
食事が一段落すると、蔵は草原にあぐらをかき、子どもたちが作った竹骨の凧を真剣な目で点検し始めた。
「よし、骨組みのバランスは上出来だ。これなら上空の気流にしっかり乗るぜ」
「蔵兄ちゃん、ほんとに空高く飛ぶかな?」
「当たり前だ! これからアマギ屋特製の『昇りそよ風』を出すからな」
その背後で、めいが配達バッグから真珠色に光る『昇りそよ風』の瓶を取り出した。
丘の頂上に立っためいは、両手で瓶を掲げた。そして、朱色の封蝋で封じられたコルク栓を開いた。
ポンッ!
ふわり……。
花粉や光の粒をまとった、心地よい渦巻き状の上昇気流が、瓶から解き放たれたように空へと舞い上がった。
「よし、上昇気流が来たぜ! 凧を放せーーっ!!」
子どもたちは一斉に歓声を上げ、風に向かって駆け出した。
タタタタタッ!
「いけーーっ!」
「飛べ飛べーっ!!」
どこまでも広がる、澄み渡った初夏の青空。ゆったりと回る風車を背景に、子どもたちの手作りの風車凧や鳥の凧が、螺旋を描く優しい上昇気流に乗って、ぐんぐんと高く舞い上がっていく。
草原では、子どもたちが糸巻きを回しながら飛び跳ねていた。孤児院の職員は感極まって涙ぐみ、拍手を送っている。
そして、めいと蔵も並んで空を見上げ、誇らしげな笑顔を浮かべていた。
「飛んだーーっ! すっごく高い!」
「雲まで届きそう!」
「綺麗に風に乗ってくれたね!」
「さすがアマギ屋特製の『昇りそよ風』だ」
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