路地裏の小さな花②
袖をリネンの紐でまくり上げためいが、黄金色の陽光結晶をすり鉢で細かくすり潰していく。
ゴリ……
ゴリ……
「陽光結晶の濃度を30%まで薄めるわ。蕾が火傷しないように、光と一緒に発生する熱をできるだけ抑えなくちゃ」
その隣では、椅子に座った蔵が、枠に取り付けられた角度調整式のプリズム板と導風板の留め具を締め、表面を布で丁寧に磨いていた。
「こっちのプリズム反射板と導風板もバッチリだな。レンガの屋根にしっかり固定する金具も調整済みだ」
めいは調合した液体を黄金色のビーカーに注ぎ、ガラス棒で静かにかき混ぜた。
液体の中には、小さな虹と太陽の光が溶け込んだような輝きが生まれ、木漏れ日のような幻想的な光が揺らめいている。
「アンカー比率は4対6。乳化も安定しているわ。成功ね」
「おおっ! 瓶の中に小さな太陽と虹が閉じ込められたみたいだな」
めいは液体を専用の瓶に移し、木栓を打ち込んだ。最後に「三つ葉と雲」が描かれたアマギ屋特製の朱色の封蝋スタンプを押し、しっかりと密封する。
「『特製・木漏れ日プリズム瓶』、調合完了! さあ、蔵。おばあちゃんのいる中庭へ急ぎましょう!」
「おう! 屋根の上の設置は俺に任せな!」
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中庭に戻った二人。
「おばあちゃん、お待たせしました!」
「早かったねぇ」
蔵は中庭の石畳を蹴り、鉄格子からレンガの段差へと軽やかに飛び移った。そのまま壁を駆け上がり、あっという間に屋根へと登っていく。
「まあっ! まるでツバメのように身軽だねぇ」
「蔵の足はエルグノアで一番ですから」
蔵は屋根のてっぺんに立ち、周囲を見渡した。
「てっぺんは爽やかな南風がビュンビュン吹いてるぞ! ここなら光も風も取り放題だ!」
屋根の縁に金具をしっかりと固定し、蔵は下にいるめいを見下ろした。
中庭では、めいが照準器を覗き込み、反射板の角度を確認している。
「蔵、反射板の角度を南東へあと3度傾けて!」
「よし、これでどうだ?」
カチッ。
カチッ。
屋根の上に取り付けられた反射板が、太陽の光を受け止める。光はプリズム板を通り、角度を変えながら暗い路地の奥へと差し込んでいった。
さらに、湾曲した導風板が屋根の上を吹く風を取り込み、中庭へと送り込む。風は板に沿って流れ、心地よいそよ風となって花壇の周りを吹き抜けていく。
「まあ……! 暗かった路地に、光が降りてくるわねぇ」
めいは完成した『木漏れ日プリズム瓶』を掲げ、栓に手をかけた。
「次は私の出番よ。『木漏れ日プリズム瓶』を開くわ!」
鉢植えの前に立っためいは、親指でアマギ屋特製の朱色の封蝋を割り、木栓を心地よい音とともに引き抜いた。
すると、瓶の口から金色に輝く細かな霧が立ち上った。
その霧は、反射板から差し込む光の中へと広がっていく。無数の小さな粒子が光を受けて輝き、あたりに柔らかな光を散らしていった。
「光とミストがガッツリ噛み合ったな!」
細かな粒子が光をあちこちに散らし、強い日差しを和らげながら、中庭全体を柔らかな金色の光で包み込んでいく。
「まあ、あたたかいわ。優しいお日様の温もりねぇ」
めいは携帯用晴雨計を確認した。
「局所気温22度、湿度55%。蕾が開くのに心地よい環境が整ったわ」
暗く冷え切っていた路地裏の中庭が、木漏れ日のような光とそよ風に包まれた。
石壁に囲まれた小さな空間は、まるで森の中のテラスのように生まれ変わっていた。
すると、植木鉢の蕾に変化が現れた。
ほろり……
ほろり……
固く閉じていた蕾の萼が、ゆっくりと開き始めた。
「まあ……なんてこと……」
やがて、花弁がふわりと開き、ゴールドダストの小さな黄金色の花が一輪、また一輪と咲き始めた。
その花は、まるで朝日を浴びた宝石のように輝いていた。
「咲いたわ! ゴールドダストが、こんなに美しく咲いているわ!」
満開の花を見つめるおばあさんの頬を、あふれる涙が伝っていく。
その目には、かつて隣で花を眺めていたおじいさんの優しい微笑みが浮かんでいた。
「おじいさん……咲いたよ……! あなたが大好きだった花が、うちの中庭で、こんなに綺麗に咲いてくれたわね。命日に間に合ったんだねぇ。本当に、二人ともありがとうねぇ!」
蔵は屋根から軽やかに飛び降り、石畳に着地した。
「どうだ、おばあちゃん! アマギ屋特製・森の木漏れ日デリバリー、大成功だろ?」
「ええ。本当にどうもありがとう」
「お日様も風も、ずっとここに届くのを待っていたんですね」
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「めいちゃん、蔵さん、本当にありがとうねぇ。でも、この瓶の光が消えてしまったら、明日からまた、この子は暗い中庭で枯れてしまうのかねぇ?」
めいは優しく微笑んだ。
「いいえ、心配いりませんよ、おばあちゃん。この『木漏れ日プリズム瓶』は、花が再び元気を取り戻すためのお手伝いをしただけなんです。瓶の力が消えても、花がすぐに枯れてしまうわけではありません。それに、上を見てください」
めいに促され、おばあさんは屋根を見上げた。
「屋根の縁に取り付けたあの反射板は、外さずにそのままにしておくよ。あそこなら、毎日お昼の2時間、太陽が一番高くなる頃に、光が中庭へ差し込むように調整してあるんだ」
蔵が得意げに説明する。
「あんな立派な道具、お高いんじゃないのかい?」
「工房の廃材置き場にあった真鍮板を、俺が叩いて磨いただけだ。原価はゼロだ。まあ、たまに配達のついでに寄って、ボルトの緩みくらいは点検してやるからよ」
「ふふっ、蔵ったら、素直に『プレゼントだ』って言えばいいのに」
「う、うるせぇ! ついでだ、ついで!」
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「毎朝、コップ一杯のお水をあげるときに、あの反射板がキラッと光るのを確認してくださいね。それと、秋になって花が散ったら、小さな種が採れます。その種をどうやって冬越しさせるか、また私が教えに来ますから」
「ああ、種かい。来年、また咲かせられるんだねぇ。おじいさんがいなくなってから、明日が来るのが少し寂しかったけれど、この子と一緒に、次の季節を楽しみに生きていけそうだよ」
「長生きしなきゃ損だぜ、おばあちゃん。来年も、特大のそよ風を配達しに来てやるからな.
さて、俺は配達に行かないといけねえな」
黄金色に咲き誇るゴールドダストを背に、めいと蔵は温かな気持ちになってアマギ屋へと帰っていった。
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