路地裏の小さな花①
今日もアマギ屋に朝の光が降り注ぐ。
めいは竹ぼうきで玄関先を掃きながら、澄み渡る朝空を見上げ、深呼吸して微笑んだ。
サッ
サッ……
「今日もいいお天気。朝の風がひんやりしていて、とても気持ちがいいわね」
店の入り口にあるポーチの手すりには、蔵が腰掛けていた。
配達用の革鞄を肩にかけ、指先で配達伝票を手早くめくっている。
「だな。昨日の大騒ぎが嘘みたいに平和だ。それに、今日の配達は、南通りのハーブ園に晴天の小瓶を二つ届けるだけだしな」
「うん。シルフィさん、タルトを喜んでくれてよかったわ」
ふと、石畳の小道を、おばあさんが杖を頼りにゆっくりと近づいてくるのが見えた。
おばあさんは、小さな手提げ籠を大切そうに抱えている。
「あのう、ごめんくださいよ。ここが、お天気の相談に乗ってくれるアマギ屋さんかい?」
「はい! 天候相談処アマギ屋へようこそ! おばあちゃん、どうぞ中へ。ハーブティーはいかがですか?」
めいは竹ぼうきを置き、両手を胸元で合わせて優しく出迎えた。
すると、おばあさんは籠の中から素焼きの植木鉢をそっと取り出した。青々とした葉の先には、固く閉じた蕾がついている。
「あのね、どうしても相談したいことがあってね。亡くなったおじいさんが大好きだった花が、どうしても咲いてくれなくてねぇ」
「そうですか。詳しくお話を伺いますね」
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アマギ屋のカウンター。
めいは、ハーブティーとお菓子をおばあさんの前にそっと差し出した。
「どうぞ、ハーブティーです。おばあちゃん、ゆっくりお話ししてくださいね」
「ありがとうねぇ。おいしいハーブティーだねぇ」
おばあさんが持ってきた植木鉢の花は、茎も葉も元気そうだったが、先についた蕾は固く閉じたままだった。
「この花はね、亡くなったおじいさんが一番大切にしていた『ゴールドダスト』という花でね。おじいさんの命日までに、どうしても咲かせて仏前に供えてやりたくてねぇ」
カウンター脇の椅子に座った蔵が腕を組み、植木鉢の花を観察した。
「ゴールドダストか。メカルドニア・ゴールドダストか。黄金色の小さな花が咲くんだよな」
「そうなのよ。ところがね、うちの家を囲むように高いレンガ造りの建物が建ってしまってね。路地裏の中庭には、朝の光もほとんど届かなくなってしまったんだよ。それから、だんだん花の元気がなくなってねぇ」
「日当たりが悪いなら、ウチの晴天瓶をパッと開けて、太陽の光をガツンと当ててやりゃ、一発で咲くんじゃないのか?」
蔵は頭をかきながら素朴な疑問を口にし、めいの顔を見た。
「ダメなの、蔵。普通の晴天結晶は、強い光と一緒に熱も発生させるのよ。風の通らない狭い中庭で使うと、熱がこもって花や葉を傷めてしまうおそれがあるわ。それに、日陰に慣れてしまった花に、いきなり強い光を当てるのもよくないの」
「げっ、そうか。それじゃ、いつもの晴天結晶じゃ解決できないのか」
めいと蔵の話を聞き、おばあさんは不安そうに二人を見つめた。
「大丈夫です。花を傷つけずに、優しい光と風を届ける方法をきっと見つけます。まずは、おばあちゃんの中庭を見せていただけますか?」
めいは胸に手を当て、優しく微笑んだ。
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おばあさんに案内され、二人は赤レンガ造りの建物に四方を囲まれた中庭へとやってきた。
周囲より低くなった石畳には、湿った冷気が漂っている。
「ここが植木鉢を置いていた中庭でね。昼間でも薄暗くて、じめじめして冷えてしまってねぇ」
「確かに。空気が重くて、ひんやりしていますね」
めいは晴雨計と温度計を取り出し、数値を記録した。
「気温16度、湿度82%。周囲の建物に風を遮られて、空気がほとんど動いていません。土も冷たく湿ったままですね。これでは日照不足だけでなく、花が育つための環境も十分とはいえません」
「建物の影になって、蕾が元気をなくしてしまったのねぇ」
蔵は石畳を蹴って身軽に跳び上がり、鉄製の非常階段やレンガの出っ張りを足場にして、上へと登っていった。そして、頭上を仰ぎ見る。
「おい、めい! 上を見てみろ! 屋根のてっぺんは別世界だぞ!」
垂直にそびえ立つレンガ壁。その隙間から見える遥か上空では、黄金色の陽光が降り注ぎ、爽やかな南風が吹き抜けていた。
「屋根の上には、まぶしい陽光が届いてるし、風もよく通ってるぞ! 日当たりも風通しもいい。ただ、この深い中庭の底まで光も風も届きにくいってだけみたいだな!」
(光と風は、すぐそこまで来ている)
めいは空を見上げ、何かを思いついたように顔を上げた。
「そうだわ! 上にある光を、曲げて届けることができればいいんだわ!」
蔵が中庭へ軽やかに戻ってくると、めいはベンチに座り、ノートに鉛筆を走らせていた。中庭の断面図を描いているようだ。
「光を曲げるって言っても、鏡でビカーッと反射させたら、虫眼鏡で焦がすみたいになっちゃうんじゃないか?」
「うん。鏡で光を反射させるだけだと、光が一か所に集中して、花を傷めてしまうおそれがあるわ。だから、今回は『木漏れ日』を作るんです」
サササ……
めいはノートに仕組みを示す図を描き足していく。
それを見て、おばあさんは目を輝かせながら微笑んだ。
「まあ、まるで森の中の木漏れ日みたいだねぇ」
「そうですね! 屋根の縁に反射板を並べて、上から中庭の壁に沿うように光を導くんです。そこからミスト粒子を使って光を広げれば、隅々まで優しい光が届くはずです」
めいはノートの図をおばあさんに見せながら、笑顔で説明した。
「さらに、晴天結晶の力を調整して、花を傷めない程度の穏やかな暖かさも届けられるようにします。これなら、中庭全体に優しい光を広げられるはずです。あとは、風の通り道も確保して、湿った空気がこもらないようにすれば……」
「なるほどな! 光を届けるだけじゃなく、風も通るようにするわけか」
「うん。花に必要なのは、ただ強い光を当てることじゃないもの」
めいはうなずき、ノートを閉じた。
「では、お店に戻って、この『木漏れ日』を作るための瓶を仕立てますね」
「で、屋根の上に足場を作って、反射板の角度を調整するのは、俺の出番ってわけだな」
「うん、よろしくね。蔵」
「おうよ!」
「お二人とも、本当にありがとうねぇ」
「任せてください、おばあちゃん。おじいちゃんの命日までに、ゴールドダストがきれいに花を咲かせられるよう、精いっぱいお手伝いしますね」
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