↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天気屋のお仕事~天気を売買する世界の物語~  作者: 相場 巴
第2部 第1章:天候相談処・アマギ屋の新しい日常
PR
39/46

シルフィ、臨時店番!?①

 朝の光が差し込むアマギ屋。

 めいは、届いたばかりの電報羊皮紙を真剣な表情で読み込んでいた。


「北の開拓農家さんから緊急の特注電報よ。予期せぬ乾燥風で、植えたばかりの苗が干からびそうなんですって」


 □□□


 至急! 苗の保水調合求む


 □□□


「北の丘か。あそこまで行くとなると、片道だけでも半日。風の抜け道を使っても、往復で午前中いっぱいはかかる」


 カチャリ。

 ギュッ。


 蔵は椅子に腰掛け、トレードマークの風のブーツの革ベルトを締め直した。


「うん。現地の大気湿度に合わせて調合を微調整しないといけないから、私も一緒に行って、その場で調合したいの。でも、私の足じゃ……」


「ああ、北の開拓農家までは足場がかなり悪いよな。めいが風のブーツを履いても、到着まで時間がかかるだろうな」


 めいは申し訳なさそうに、蔵をちらっと見た。

 蔵は、めいが何を言いたいのか察した。


「めいののろまな足じゃ日が暮れるよな。現地までは俺がおぶって走るよ」

「もう、足が遅くて悪かったわね! でも、ありがとう」


 めいは少しむくれながらも、素直に礼を言った。

 開いたドアから朝日が差し込む店先で、めいは小さな木製看板を置いた。


 □□□


 午前中 臨時休業(出張配達中)

 午後より営業いたします


 □□□


「相談処の看板を掲げてから、店を留守にするのは初めてね。午前中だけだし、看板を出しておけば大丈夫かしら?」

「たった半日だ。アマギ屋は泥棒が入るような高級店でもないんだから、気楽に行こうぜ」


 そう言って、蔵は店内へ戻り、出発の準備を整えた。

 めいも忘れ物がないか確認しながら、今日の予定を頭の中で整理していた。


 ---

 その時。


 カランコロン。

 ドアベルが鳴ると同時に、ドアが勢いよく開いた。


「おはよう、アマギ屋! 公務の朝巡回中だが、朝のスコーンの焼き加減を検分してやろうと思ってな!」


 ゴチン!


「あ痛っ! な、なんだこの梁の低さは!」


 低い鴨居に思いきり額をぶつけ、星を飛ばしながら涙目でおでこを押さえる男がいた。

 シルフィだった。


「ギャハハハ! 偉そうに入ってきて、いきなり頭ぶつけるやつがいるかよ! 仕事以外じゃ本当にドジだな、局長さんよ!」


 腹を抱えて笑う蔵を横目に、めいは慌ててシルフィに駆け寄り、ハンカチを差し出した。


「シルフィさん、大丈夫ですか? おでこが真っ赤ですよ」


「き、貴様、笑うな! 帝都の建築基準法にミリ単位の狂いがあるだけだ! め、めい殿、私は平気だ!」


 シルフィは耳まで真っ赤にして強がった。


「ところで、めい殿。向かいの旧商館の改修工事だが、近隣住民から騒音や振動についての陳情は出ていないか?」

「いえ、今のところ昼間は静かですけれど」


「我が気象保安測候局に提出された建築届出書によれば、あそこには『商業用の大型大気調和機』が設置される予定なのだ。だが、提出された図面の規模があまりにも大きくてな。認可審査の差し止めも検討しているところなのだ」


「お役所仕事が遅いから、向かいの建物はもうすぐ完成ってところに見えるぜ?」

「ぐ……! 建築審査課と気象保安課の管轄争いで手間取っているのだ!」


 シルフィは悔しそうに顔をしかめた。

 ---

「それより、朝からせわしないようだが、どうかしたのか?」


 ひとしきり笑った蔵が尋ねた。


「実は、北の農家さんから緊急の出張依頼が入って、午前中だけ店を閉めて配達に行くところだったんです」


「何だと。市民生活に直結する天候相談拠点を数時間も無人にするなど、保安上看過できん! よろしい、測候局長であるこの私が、特別に店番を引き受けてやろう!」


「はあ? 局長さんが店番だ?」


 蔵はニヤリと笑うと、店の鍵をシルフィの手にチャリンと放り投げた。


「言ったな? 後で泣きついても知らんぞ。めい、さっさと行くぞ!」

「ええっ、でもシルフィさん、お仕事は? ご迷惑じゃ……」


 めいが申し訳なさそうに心配する横で、シルフィは腰に手を当て、自信満々に胸を張った。


「民間の店番など、数理気象学を修めた私にとっては赤子の手をひねるより容易い! 安心して行ってこい、めい殿!」

「あ、あの……では、よろしくお願いします」


 蔵は配達用の背負子を背負い、めいを背中に乗せる準備を進めた。


「カウンターのハーブティーとお菓子は自由に食べてくださいね!」


 めいはシルフィに振り返って手を振った。


「鍵穴を壊すなよ、局長さん!」

「帝国の名誉にかけて、留守を守ってみせよう!」


 若干の不安は残るものの、めいと蔵は北の開拓農家へと出発した。


 ---

 ドサッ。


 一方、店内に一人残されたシルフィは、机の上に分厚い『気象法全書』を置き、得意げに微笑んだ。


「数理気象学と官僚の知性をもってすれば、民間の天候相談など片手間で最適化できる」


 シルフィは自信満々だった。

 ---

 カランコロン。


 ほどなくして、洗濯籠を抱えた近所のおばあさんがアマギ屋へ入ってきた。


「ごめんくださいね。めいちゃんはいるかい? 午後の洗濯物のことで相談があってね」


 シルフィは胸に手を当て、すっと立ち上がった。


「気象保安測候局局長、シルフィ・アウラだ。店主らは緊急出張中につき、本日はこの私が全権をもって相談を承る! どのような気象学的問題か、述べよ!」


 おばあさんはきょとんとした。

 十秒ほど固まった後、ようやく口を開いた。


「あらまあ、立派なお役人さん。昼過ぎにシーツを干しても、雨に降られないかい?」

「本日の等圧線配置および断熱膨張率から算出すると、気圧傾度力と相対湿度の偏微分方程式に基づき……」

「お役人さん、なんの呪文かい? わたしにはさっぱりわからん。干していいのかい、悪いのかい?」


 話がまったく通じていない。


 シルフィは冷や汗を流しながら、めいが残していった黒板のメモと晴雨計を確認した。


「つまり、午後二時前までは雨の心配はない。シーツを干すなら、それまでに取り込めばよい!」

「おやまあ、二時前なら夕飯の支度を始める前に取り込めるね。賢いお役人さん、ありがとう」


 おばあさんは笑顔で、アツアツの焼き芋を手渡した。


「えっ、芋? 相談料は規約に基づき……」


 シルフィが何かを言おうとする前に、おばあさんはアマギ屋を出ていった。

 手元に残された焼き芋を見つめながら、シルフィはハンカチで汗を拭った。


「庶民への説明責任とは、これほど難しいものなのか……」


 ---

 バアーン!


 一息つく間もなく、ドアが勢いよく開いた。

 膝小僧に擦り傷を作った近所の男の子が、涙目で飛び込んできた。


「めい姉ちゃーん! 縁の下に子猫が挟まって震えてて、出てこないんだ! めい姉ちゃんの優しい温風で助けてやってよ!って誰だ?いいや、兄ちゃん助けてよ!」


「な、何!? 子猫の救出だと!? 帝国の気象法に、そのような緊急対応要綱は存在せん!」

「でも、子猫が……!」


 男の子に必死に頼み込まれ、シルフィはとうとう腰を上げた。


「わ、わかった! 現場を確認するぞ!」


 男の子に案内され、シルフィは子猫が挟まっているという縁の下までやってきた。

 男の子と一緒に隙間を覗き込むと、暗がりで子猫がブルブルと震えていた。


「ミャウ……」


「軍服が泥まみれになりそうだが、背に腹は代えられん! 見ろ、隙間風のせいで体温が下がっているぞ!」


「兄ちゃん、めい姉ちゃんなら、いつも優しい温風でふわっと助けてくれるんだけどな」

「よし、私に任せろ!」


 シルフィは剣をかざし、魔力を込めて「微温風」を起こそうとした。


 ボワッ!


 しかし、軍用の気象術を得意とするシルフィには、微風の細かな調整が難しかった。

 放たれた風は予想以上に強く、縁の下へ突風のように吹き込んだ。


 フシャーッ!


 パニックになった子猫は縁の下から飛び出し、シルフィの鼻と頬を爪で引っかいた。


「ぎゃあああ! ひ、被救助対象が激しい武力行使に及んだぞ!」


 子猫はそのまま、再び縁の下へと逃げ込んでしまった。


「兄ちゃん、アホなの? 風が強すぎるんだよ! めい姉ちゃんはもっと優しく、ふわーってやるの!」


 男の子にまで呆れられ、シルフィは頬をハンカチで押さえながら悔し涙を呑んだ。


「くっ……! こうなれば、めい殿の調合品を使うしかない!」


 シルフィは店に置いてあった予備の調合品の中から、「ぽかぽか温風小瓶」を取り出した。


「よろしい。めい殿の調合品で風の強さを補おう」


 シルフィは小瓶の栓を、わずかに緩めた。


 すると、ラベンダーの心地よい香りを含んだ温かい蒸気が、ふわりと漂い始めた。


 ゴロゴロ。

 ゴロゴロ。


 温かい香りに惹かれた子猫が、喉を鳴らしながらそろそろと隙間から顔を出した。

 やがてシルフィの手の甲にすり寄ると、そのまま男の子の腕へと飛び込んだ。


「やった! 出てきた! ありがとう、お役人のお兄ちゃん!」


 男の子は子猫を抱きしめ、満面の笑みを浮かべた。

 傷だらけのシルフィは、その場に腰を下ろした。


「ふ、ふん……! 帝国の官吏に救えぬ命などないのだ!」


 そう言い放つシルフィの顔には、鼻と頬にくっきりと引っかき傷が残っていた。

 シルフィの臨時店番は、まだまだ始まったばかりだ。

お読みいただきありがとうございました。毎日投稿しています。

ブックマークや★評価で応援いただけると嬉しいです。

これってどういう意味?と思ったらコメント欄などで聞いていただけると助かります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。