雨宿りカフェ②
アマギ屋の雨宿りカフェは賑わっていた。
「雨粒ってね、雲の高さや風の強さによって、落ちてくるときの勢いや音が変わるの。だから傘に落ちると、世界に一つだけの歌を奏でてくれるのよ」
「すごーい! 雨粒さんのお歌なんだね!」
一方、蔵はポーチの柱の横で、工具を使って雨樋ノズルの調整ネジを軽く回していた。
ネジを少しずつ調整すると、雨粒が当たる共鳴板の振動が変わり、音程も変化する。子どもたちは目を丸くして、その不思議な音色に聞き入っていた。
「ネジをちょいと締めりゃ高音、緩めりゃ深みのある低音だ。即席の雨音ピアノってわけだ」
「ハハハ! 蔵の奴、すっかり子どもたちのお守り役だな!」
洗濯屋の男性が高らかに笑った。
雨音が奏でる旋律と、ハーブティーの温かな湯気。
通り雨の憂鬱も忘れ、アマギ屋の雨宿りカフェには笑顔の輪が広がっていた。
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雨煙に包まれた石畳の通り。
暗紺の傘を差し、気象保安測候局の制服に身を包んだシルフィ・アウラが歩いてきた。
(む? なんだ、この人だかりは。音楽に、甘いハーブの香りまで……)
通りの先には、こんな看板が掲げられていた。
□□□
雨宿りカフェ
温かいハーブティー、どうぞ(無料)
アマギ屋
□□□
(こ、公務の巡回中に、こんな騒ぎは見過ごせん。決して美味そうな匂いにつられたわけではないぞ!)
「ごほん! 気象保安測候局局長、シルフィ・アウラだ。貴様ら、公道に人を集めて何をしている!」
「おお、局長さんかい! 雨宿りカフェだよ。ハーブティーを飲んでいきな!」
シルフィはすました顔で傘を畳もうとした。
そのとき、指が傘の金具に挟まりかけた。
「いたっ!」
思わず変な声が漏れる。
「気象保安のトップが傘ひとつ畳めないのかよ。休みの日に看板に頭をぶつけて、泣きそうになってたのと一緒だな!」
「き、貴様! その件は墓場まで持っていけと口止めしたはずだぞ! 傘のバネ係数が規定値より強いだけだ!」
蔵が大笑いし、洗濯屋やパン屋、アマギ屋に集まった人々もクスクスと笑った。辺りはすっかり和やかな雰囲気に包まれていた。
「シルフィさん、指は大丈夫ですか? はい、温かいハーブティーです。雨音、きれいなオルゴールみたいでしょう?」
「めい殿……うむ、かたじけない」
めいの優しい笑顔に、シルフィはすっかり調子を崩しながらも、両手でハーブティーを受け取った。
「……おいしい。カモミールの香りと蜂蜜の甘さが、冷えた身体に染み渡るようだ」
「だろ! アマギ屋特製のお茶と、ウチのスコーンは最高の組み合わせなんだよ!」
「保安巡回だなんて偉そうにしてた割に、すっかり骨抜きじゃねえか、局長さん」
蔵は肩をすくめ、ニヤリと笑った。
「ち、違う! 私はこの『音響調律傘』の構造を視察しているのだ。雨粒の落下エネルギーを共鳴板に伝え、振動を音階に変換する。気象力学的にも極めて合理的な装置だ」
「おじいちゃんがね、言っていたんです。『雨をただ嫌うのではなく、雨の音に耳を澄ませば、空からの贈り物が聴こえてくる』って」
「空からの贈り物か。なるほど、理屈だけでは測れない温もりもあるのだな」
「ま、めいのそういうお人好しなところが、アマギ屋の味だからな」
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やがて雨が小降りになり、雲の切れ間から金色の光が差し込んだ。光の筋が石畳の通りを照らしていく。
ポロロン。
カラン。
雨粒に濡れた街路が宝石のようにキラキラと輝き、軒先の音響調律傘が最後の澄んだ音色を奏でた。
「あ! 雨が止んできた! お日さまが出てきたよ!」
雨が上がり、めいは手をつないで帰っていく母娘を見送った。
「お姉ちゃん、オルゴールありがとう! 雨の日が大好きになったよ!」
「ハーブティーで温まりました。ごちそうさまでした」
「いえいえ。喜んでもらえたなら嬉しいです」
「雨宿りカフェか。洗濯屋にとっちゃ雨は嫌だが、こんな雨の日なら悪くねえな!」
「また雨が降ったら、焼きたてのスコーンを持って立ち寄るからな。めいちゃん、蔵!」
上機嫌で帰っていく洗濯屋とパン屋に、蔵は手を振った。
「ごほん。局地的な降水域は抜けたようだな。私は測候所の定期監査へ戻るとしよう」
シルフィはキリッと姿勢を正した。
「帰り道、段差につまずいて転ぶなよ」
「き、貴様、余計な心配をするな。私は常に重心を完璧に制御している」
「シルフィさん。これ、残りのハーブの茶葉と、パン屋さんのスコーンです。お仕事の合間にどうぞ召し上がってくださいね」
「めい殿……か、かたじけない」
シルフィは耳まで真っ赤になった。後ろでは蔵が呆れたように笑っていた。
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テーブルを軽々と担いで片付ける蔵と、カウンターを拭くめい。
「客もすっかり引けたし、看板も片づけた。しっかし、ハーブティーを配って一日が終わる天気屋なんて、世界中探してもアマギ屋くらいだろうな」
「そうね。でも、みんなとっても嬉しそうだったでしょ?」
二人はポーチの木段に腰掛け、温かいお茶をすすった。
「天気を売り買いするだけじゃなく、居場所を作るのがめいのやり方なんだろ。悪くないな」
「ふふっ、ありがとう。素敵な雨の日になったわね」
茜色と淡い紫に染まる美しい夕空。その向こうには、消えかけた虹がうっすらと浮かんでいた。
二人は肩を並べ、静かに空を見上げた。
雨がくれた優しい音楽と、温かいハーブティーのぬくもり。
空を愛する心が、またひとつ街に温かな灯をともす。そんな平和な一日だった。
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