雨宿りカフェ①
朝からしとしとと自然の雨が降る街角。
アマギ屋の店先で開店準備をはじめるめいと蔵。
「向かいの工事現場、雨の中なのに屋上にデカい足場組んでいるな。あんな屋上に何を乗っける気配だ?」
「屋上に……? そういえば、昨日の夕方、ものすごく巨大な扇風機の羽根みたいな機械が布に包まれてクレーンで吊り上げられていたわね」
「扇風機だぁ? それにしちゃ船のスクリュー並みにデカかったぞ……悪趣味な飾り付けだな」
向かい側では雨にもかかわらず着々と派手な工事が進められていた。二人は気になっていたものの、害はないので気に留めることくらいしかできない。それよりも、開店準備だ。
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濡れて光る石畳、軒先から滴る雨粒、傘を差して歩く街の人々。
「ふぁぁ……。朝からずっとこの調子じゃ、今日の天候相談は開店休業だな。配達もお休みだな」
アマギ屋店内に戻った蔵はカウンターの椅子に座り、大きな欠伸をして後頭部をポリポリと掻く。
めいは窓ガラスを伝う雨粒や、水たまりに広がる波紋を愛おしそうに見つめていた。
「そうね。でも雨の日って、土や草の匂いがふわっと立って、街全体が落ち着くから、私、結構好きなの」
そのとき、めいは雨の日だからこそできる、新しいアイデアを思いついた。
「そうだ、せっかくの雨だもの。お客さんが来ないのをただ待つなんて、もったいないわ! ねえ、蔵。雨の日だけの『特別なこと』、始めてみない?」
「ん? 雨の日だけの特別なことって、何企んでんだ、めい?」
「名付けて『雨宿りカフェ』よ。雨の日って足元も濡れるし、身体も冷えるでしょ? だから、通りすがりの人たちに温かいお茶を飲んで、ホッとしてもらうの!」
「雨宿りカフェねぇ。ま、お茶を配るくらいなら手伝うが、それだけじゃ『特別なこと』ってわけでもないんじゃないか?」
「もちろん、それだけじゃないわ!」
めいは奥の保管庫へと走った。
しばらくして、抱えて戻ってきたのは、共鳴板や小さなベル、風車細工が組み合わされた、美しいアンティーク調の『音響調律傘』と特製の雨樋ノズルだった。
「じゃーん! おじいちゃんの倉庫で見つけた『音響調律傘』と特製の雨樋ノズルよ!」
「共鳴板に調律ベルか。雨粒の落ちる強さに合わせて音階が鳴る仕掛けだな。雨音をオルゴールに変えようってことか?」
蔵はめいが持ってきた『音響調律傘』を手に取り、精巧なギアや共鳴板、調律ベルの構造を確かめた。
「そうなの。雨粒が『カラン、コロン』って、かわいいメロディを奏でるのよ!」
「なるほどね。ただ待つだけの雨の日よりは全然いいよな。屋根の雨樋に取り付けりゃいいんだな? さっさと取り付けてきてやるよ」
「お願い、蔵! 通りに一番音が響く、玄関ポーチの真上に取り付けて!」
蔵は『音響調律傘』と特製の雨樋ノズルを持ち、木製の引き戸を開けて、雨の降るポーチへと出た。
カチャッ。
風のブーツの留め金を締め直し、屋根へと飛び上がる準備をする。
「気をつけてね、蔵。屋根瓦が濡れてるから、滑らないでよ!」
蔵はポーチの手すりを踏み台にして、一気に雨煙の漂う屋根の軒先へと跳び上がった。
トンッ。
シュパッ。
濡れた屋根瓦の上にしっかりと足場を確保すると、ポーチの真上に雨樋ノズルと『音響調律傘』を取り付けた。
雨樋ノズルから流れ込んだ雨水が、ちょうど音響調律傘の中央にある調律板へ落ちるよう、手慣れた手つきで角度を調整し、ネジを締める。
カチリッ。
「よし、固定完了。角度もバッチリだ。これで雨水が調律板の中央に落ちるぞ」
蔵は軒先から顔を出し、親指を立てて誇らしげに笑った。
「ありがとう、蔵! もう雨粒が集まってきたわ」
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軒先に取り付けられた雨樋ノズルから、集められた雨水が『音響調律傘』の中央にある調律板へと滴り落ちる。
ポツン……。
ポロロン……。
カラン、コロン♪
雨粒が跳ねるたびに、軒先から澄んだオルゴールの調べが優しく響き渡る。
めいは両手を胸の前で合わせ、うっとりと目を輝かせた。
「すごい、本当に鳴ったわ! 澄んだオルゴールみたいな、温かくて優しい音ね」
「どうだ? めい。これなら通りにもいい音が響くぞ」
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「よし、深い庇の下なら雨に濡れないな。椅子とテーブルはここに並べりゃいいだろ?」
蔵は屋根から降りると、雨宿りをする人たちが濡れないよう、深い庇の下へ木製のテーブルとベンチを運び出し、乾いた布で丁寧に拭き上げた。
「ありがとう、蔵! 雨で濡れた人のために、乾いた手ぬぐいも用意しておきましょう!」
めいは清潔な手ぬぐいを籠に入れ、テーブルの上に置いた。
さらに、店先には蔵が立てかけた、親しみやすい黒板看板が並んだ。
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『雨宿りカフェ
温かいハーブティー、どうぞ(無料)
アマギ屋』
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こうして、アマギ屋の『雨宿りカフェ』の準備が整った。
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「手持ちのカモミールと蜂蜜で淹れた、特製ハーブティーも準備完了よ。さあ、誰か雨宿りに来てくれるかしら?」
「こんな心地いい音とお茶の匂いが漂ってりゃ、通りがかった奴も思わず足を止めるさ」
雨煙に煙る石畳の通り。
傘を差して歩く街の人々が、アマギ屋の軒先から流れてくる澄んだオルゴールの音色に、思わず足を止めて見上げた。
カラン。
ポロロン……。
カラン♪
傘を差した母親と、その手を引かれた女の子が目を輝かせて指を差す。
「お母さん、聴こえる? あそこからオルゴールみたいな音がするよ!」
「あら、本当ね。アマギ屋さんの軒先かしら? すごく澄んだきれいな音ね」
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「いらっしゃい! 雨で冷えちゃったでしょう? さあ、庇の下で雨宿りしていってください!」
めいは身をかがめ、小さな女の子に清潔な手ぬぐいを手渡した。
「ありがとう、お姉ちゃん。お屋根の傘から音が鳴ってるの?」
「そうなの! 雨粒が跳ねて、音を鳴らしてくれるのよ」
めいが女の子と話していると、続いて洗濯屋の男性と、スコーンの籠を抱えたパン屋もやってきた。
「なんだか楽しそうなことやってんな、めいちゃんに蔵。洗濯屋にとっちゃ雨は商売あがったりだが、こんな心地いい音とお茶があるなら悪くないな」
「いい匂いに釣られて寄っちゃったよ。焼きたてのスコーンを少し持ってきたから、みんなで食べよう」
「みんな大歓迎だ。めい特製のハーブティー、冷めないうちに飲んで温まってくれ」
庇の下では、親子が椅子に座ってお茶を飲み、身体を温めていた。
洗濯屋とパン屋はスコーンをつまみながら蔵と笑い合い、めいはケトルからカップへハーブティーを注ぐ。
そこには、自然と笑顔が広がっていた。
カラン。
ポロロン……。
カラン♪
頭上の『音響調律傘』からは、雨粒が弾けるたびに優しいメロディが奏でられ続ける。
憂鬱だった雨の朝が、小さな軒先カフェの温もりによって、優しい憩いの時間へと変わっていく。




