天候相談処アマギ屋、本日も晴天なり②
翌日。
青空の下で結婚式を挙げたいと願っていた若いカップルにとって、待ちに待った当日がやってきた。
教会の庭には参列者が集まり、空を覆う灰色の雨雲を気にしながら、式の始まりを待っていた。
その頃、蔵は教会の時計塔に登り、周囲の風を確かめていた。手には、めいが調合した『祝祭のそよ風瓶』がある。
「午後一時五十八分。風向きは南西。予定どおりだな。そろそろ約束の時間だ」
時計の針が午後二時を指した。
蔵は瓶の栓を抜いた。
ポンッ。
「アマギ屋特急便、定刻どおりにお届けだ。行け、祝祭のそよ風!」
瓶から金色の温かな風が吹き出し、螺旋を描きながら空へと舞い上がった。
風は気流に乗って教会の庭へ向かい、空一面を覆っていた灰色の雨雲を少しずつ押し広げていく。
やがて、教会の庭の上空だけに、丸く青い空が現れた。
雲の切れ間から太陽の光が差し込み、純白のドレスを着た花嫁と新郎を照らす。
祭壇で手を取り合った二人は、頭上に広がる青空を見上げた。花嫁の目から、嬉し涙がこぼれる。
参列者たちも傘を下ろし、拍手と歓声を送った。
「青空だわ。本当に、私たちの頭上だけに太陽が差しているのね」
「めいさん、蔵さん、ありがとう」
時計塔の上から二人を見守っていた蔵は、小さく親指を立てた。
こうして、二人の結婚式は青空の下で始まった。
蔵は約束した時間まで風の状態を確かめながら、幸せそうな新郎新婦を静かに見届けた。
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その日の夕方。
カランコロン。
アマギ屋の扉が開き、蔵が帰ってきた。顔には、仕事をやり遂げた満足げな笑みが浮かんでいる。
「ただいま! 教会の青空スポットライト、予定どおり二時間きっちり保たせてきたぜ!」
「おかえりなさい、蔵」
めいは、湯気の立つハーブティーを差し出した。
「屋根裏の天窓からも光の柱が差し込んで、とってもきれいだったわよ」
「新郎新婦も参列者も、泣いて喜んでたぞ。『アマギ屋特急便』の名前が、また帝都に広がったな」
蔵はカウンターの丸椅子に腰掛け、ハーブティーをひと口飲んだ。それから、朝に近所のパン屋からもらったバゲットを頬張る。
「このバゲット、外はパリパリで中はもっちり。最高だな」
「今朝の『ぽかぽか瓶』のおかげで、生地が完璧に発酵したんですって」
めいは羽根ペンを手に取り、依頼台帳に朱色の完了印を押していった。
【東区・パン屋 湿度調整 完了】
【中央教会 青空結婚式 完了】
窓の外では、日が暮れ始めていた。
「これで今日の依頼は全部、無事に完了ね」
めいは台帳を閉じ、満足そうに微笑んだ。
「天候相談処になってから、街のみんなの笑顔が前より近くなった気がするわ」
「ああ、まったくだ」
蔵がうなずいた、そのときだった。
カツ、カツ。
店の外から、規則正しい軍靴の足音が聞こえてきた。
「ん? この妙に堅苦しい足音は」
ガンッ。
カランコロンッ。
勢いよく開いた扉から、制服姿のシルフィ・アウラが入ってきた。
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あれから数ヶ月。シルフィは中央気象統括府の特務気象監視官を辞め、新たに設立された気象保安測候局の局長に就任していた。
身に着けているのは、きちんと整えられた軍服風の制服。背筋を伸ばした姿は、いかにも厳格な官吏らしい。
ただし、店に入った瞬間、その威厳はあっさり崩れた。
入口に垂れていたドアベルの紐に、制帽のつばがぶつかったのだ。
帽子はくるくると宙を舞い、シルフィの表情が一瞬で慌てたものに変わる。彼は慌てて手を伸ばし、どうにか帽子をつかんだ。
「ご、ごほん! 気象保安測候局の局長、シルフィ・アウラだ! 公務の合間に、正当な治安巡回をしに来てやったぞ!」
帽子をかぶり直し、何事もなかったかのように胸を張るシルフィ。
その様子を、蔵はカウンターに肘をついて眺めていた。
「局長さん、入口のベルと喧嘩してんじゃねえよ。休日だけじゃなく、仕事中も足元がお留守なんじゃないの?」
「だ、誰が足元がお留守だ! ドアの構造が設計基準から数ミリずれているんだ! それに、休日の件は墓場まで持っていけと口止めしたはずだぞ!」
「はいはい」
蔵は面白そうに笑った。
シルフィは最近、視察と称してアマギ屋へたびたび顔を出すようになっていた。
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シルフィの職場は、いつも緊張感に包まれている。
規律に厳しい上司や同僚官吏とのやり取りに、貴族たちとの折衝。さらに、書類仕事や組織の調整までこなさなければならない。局長になってからも、気の休まらない日々が続いていた。
そんなシルフィにとって、アマギ屋は特別な場所だった。
めいは「天気の値段は命の値段」という祖父の教えを大切にし、誰に対しても分け隔てなく接している。訪れる人の話を丁寧に聞き、その人の暮らしに合った天気を考えてくれるのだ。
温かなハーブティーに、焼きたてのパイやスコーン、クッキー。そして、仕事の疲れを気遣ってくれる何気ない言葉。
そうしたものに触れるうち、シルフィはいつしか、アマギ屋で過ごす時間を楽しみにするようになっていた。
ここでは、局長としての肩書きも、常に気を張っている必要もない。シルフィにとってアマギ屋は、安心して肩の力を抜ける場所になっていた。
休日のシルフィの意外な一面を知ってからは、めいと蔵も彼を以前より身近に感じている。
蔵は隙を見つけてはシルフィをからかい、そのたびにシルフィは顔を赤くして言い返す。
そんなやり取りも、すっかりアマギ屋の日常になっていた。
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「シルフィさん、今日も制服がとってもお似合いです!」
カウンターの向こうから、めいが焼きたてのアップルパイとハーブティーを運んできた。
「ちょうどお茶の時間ですよ。一番おいしく焼けたアップルパイを切りますね」
「う、うむ。めい殿がそこまで言うのなら、視察の一環として味見してやらんこともないぞ」
シルフィは胸を張ったものの、めいの笑顔を前にすると、どこか落ち着かない様子だった。
「はい、どうぞ。リンゴは東区の果樹園で採れた蜜入りですよ」
「い、いただきます」
シルフィはフォークを手に取り、アップルパイをひと口食べた。
サクッ。
「うまい!」
思わず声が弾んだ。
「外はサクサクなのに、中のリンゴはとろけるように甘い。疲れた体に染み渡るようだ」
「よかった。おいしく焼けて!」
めいが嬉しそうに笑う。
その横で、蔵がシルフィの顔をのぞき込んだ。
「局長さん、口の端にパイくずがついてるぞ。どこの子どもだよ。そんなにとろけた顔して、『公務の視察』なんてよく言えたもんだな」
「なっ。貴様、揚げ足ばかり取るな! 糖分の補給は、官吏の知的労働に不可欠な科学的過程なのだ!」
「はいはい。科学的過程ね」
蔵は笑いをこらえながら、ハーブティーを口に運んだ。
やがて三人は、温かいお茶を飲みながら仕事の話を始めた。
「だが、本当に助かっているぞ。アマギ屋が始めた天候相談処の仕組みは、上層部の議会でも高く評価されている。市民一人ひとりの要望に応える取り組みこそ、新しい体制を支える柱になるだろう」
「シルフィさん、ありがとうございます。おじいちゃんの教えが街のみんなに届いているなら、私、とっても誇らしいです」
めいは少し照れながら微笑んだ。
蔵も、そんなめいを誇らしげに見つめていた。
アマギ屋が届けているのは、ただの天気ではない。人々の困りごとに向き合い、それぞれの暮らしを支えること。その積み重ねが、街の新しい日常を作っているのだった。
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ハーブティーを飲み干し、アップルパイを食べ終えたシルフィは、ようやく椅子から立ち上がった。
「さて、そろそろ職場に戻らねばな」
「お疲れさまです、シルフィさん」
めいは店先まで見送りに出ると、麻ひもで結んだ包みを手渡した。中には、気象保安測候局の仲間たちへの夜食用に、アップルパイが入っている。
「皆さんと一緒に食べてくださいね」
「こ、これは。かたじけない」
シルフィは包みを受け取り、耳まで赤くなった。嬉しさを隠そうとしているのか、いつも以上に背筋が伸びている。
「段差につまずいて、パイを潰すなよ?」
蔵が横から声をかけた。
「誰が潰すか! 局長の意地にかけて、無傷で運んでみせる!」
シルフィは包みを大事そうに抱え、夕陽の差し込む石畳の通りへ歩き出した。
その背中を、めいと蔵は並んで見送った。
「あいつも相変わらずだな。それにしても、今日も忙しかった」
蔵が肩を回すと、めいはうなずいた。
「うん。でも、みんなの『困った』が『ありがとう』に変わる瞬間、私、本当に大好きなの」
街にはぽつぽつと明かりがともり始めていた。
アマギ屋の窓からも、温かなオレンジ色の光が漏れている。
人々の暮らしに寄り添い、一人ひとりの願いに合った空を届ける。
天候相談処・アマギ屋の新しい日常は、今日も穏やかに続いていた。
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