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天気屋のお仕事~天気を売買する世界の物語~  作者: 相場 巴
第2部 第1章:天候相談処・アマギ屋の新しい日常
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天候相談処アマギ屋、本日も晴天なり①

 統括府による気象独占が終わり、街に「空を待つ暮らし」が戻ってから数ヶ月。

 天気屋「アマギ屋」は、人々の暮らしに寄り添う天候相談処へと生まれ変わっていた。


 店先には、新しい看板『天候相談処・アマギ屋』が掲げられている。ショーウィンドウには、職人が仕立てた気象瓶やガラス製の晴雨計が並び、朝の光を受けて穏やかに輝いていた。


「んー、いい朝! 気圧1013hPa、湿度48%。絶好の相談日和ね!」


 めいは店の扉を開けると、朝の光を浴びながら両手を広げ、気持ちよさそうに深呼吸した。

 そのとき、店先のレンガ塀から蔵が軽やかに飛び降りた。


「よっ、めい! 相変わらず朝から気圧オタク全開だな」

「おはよう、蔵! 今日も配達伝票が朝一番から入ってるわよ!」


 めいはさっそく、店の向かいに目を向けた。


「そういえば、向かいの旧商館ビル、先月からずっと大掛かりな改装工事が続いているわね。工事の音、近所迷惑になっていないといいけれど」


「ああ。何ができるのか知らないが、深夜まで真鍮のパイプや重機を運び込んでたぜ。下町のど真ん中に、ずいぶん派手な店を作るつもりらしい」


 二人は店内に入り、カウンター越しに本日の配達ルートと注文伝票を確認した。


「まあ、どんな店ができても、うちはうちの仕事をするだけね」

「望むところだ。どんな空でも、一秒も狂わず届けてやるよ」

「頼りにしてるわ、私の筆頭配達屋さん!」


 めいは店の看板を振り返り、元気よく声を上げた。


「それじゃあ、『天候相談処・アマギ屋』、本日も開店!」

 ---


「今日の定期配達は三件。検品もばっちり!」


 めいは朝日が差し込むカウンターに、美しい気象瓶を並べた。瓶には「雲と三つ葉」の朱色の封蝋が施されている。


「『朝凪のそよ風』に『微温の陽だまり』か。相変わらず、いい出来だな」

「統括府の気象配給がなくなってから、みんな自分の暮らしに合った天気を頼みに来てくれるの」


 めいが瓶を確認していると、店の扉のベルが鳴った。


 カランコロン。


「おーい、めいちゃん、蔵! 朝早くからすまねえな。ちょっと頼みがあるんだ!」


 駆け込んできたのは、近所のパン屋の男性だった。粉まみれのエプロンにコック帽という、いつもの格好だ。


「あら、パン屋のおじさん! どうしたんですか?」

「いやな、昨日から湿気が高くてよ。バゲットの生地がうまく膨らまねえんだ。厨房の中だけ、ほどよく乾燥させて温められる天気はないかい?」


「それならお任せください! 厨房の温度と湿度を整える『ぽかぽか瓶』を調合しますね」

「朝っぱらからパンの湿気相談とは、まさに天候相談処だな」


 蔵が感心したように言うと、めいはさっそく調合の準備を始めた。


 スポイトで材料を量り、天秤で細かな調整をする。やがて小瓶の中に、ほんのり温かな雲が生まれた。


「厨房の広さに合わせて、効果が届く範囲は五メートル四方。持続時間はパンの発酵に合わせて三時間。よし、完成です!」

「相変わらず手際がいいな」

「おじさん、どうぞ!」


 めいが瓶を手渡すと、パン屋の男性は目を輝かせた。


「おおっ、ありがてえ! これで今日のバゲットもふっくら焼けるぜ。お礼に、焼きたての一番いいやつを置いていくから、二人で食べてくれ!」

「わあ、ありがとうございます! 焼きたてのいい匂い!」

「へへっ、朝飯確保っと」


 蔵はさっそく、もらったバゲットに目を向けた。


「そういや、めいちゃん。向かいのビル、貴族御用達の超高級店が入るって噂だぜ。俺たち庶民には縁のない話だがな」


「あら、そうなんですね」


 めいは少し気になったものの、今は目の前の仕事が先だ。パン屋の男性は礼を言い、満足そうに店を出ていった。

 ---

 パン屋の男性を見送って間もなく、再び扉のベルが鳴った。


 カランコロン。


 今度は、手をぎゅっと握り合った若いカップルが店に入ってきた。二人とも少し緊張した様子だ。


「こんにちは」

「いらっしゃいませ! どうぞ、奥の席へ」


 めいに案内され、二人は椅子に腰掛けた。しばらくためらったあと、男性が口を開く。


「あの、明日の午後、教会の庭で結婚式を挙げる予定なんです。でも、午後から通り雨が降るという予報が出てしまって」


 隣に座る女性も、不安そうに続けた。


「一生に一度の式なので、指輪の交換だけでも青空の下でしたいんです。それで、相談に来ました」

「青空結婚式ですか。とっても素敵ですね!」


 めいは二人の願いを聞くと、カウンターの上に街の地図を広げた。


「一日中、無理に晴れにしようとすると、大気の流れが乱れて、周りの畑が乾燥してしまうかもしれません。でも、指輪の交換と誓いの言葉を交わす時間に合わせて、午後二時から四時までの二時間だけ、教会の庭の上空にある雲を押し広げる方法なら、大気への負担を抑えられます」


 めいが説明すると、蔵は地図をのぞき込み、鉛筆で気流の流れを書き込んだ。


「明日の午後は南西風が吹く予報だ。時計塔の裏にできるビル風を利用すれば、教会の中庭まで気流を誘導できる。うまく流せば、庭の上だけ青空にできるぜ」


「本当ですか? 周りに迷惑をかけずに、式の間だけ晴れにできるんですね!」


 男性の表情がぱっと明るくなった。


「よかった。憧れだった青空の下で、白いドレスを着て誓い合えるのね」


 女性はほっとしたように微笑んだ。


 二人の笑顔を見て、めいも嬉しそうにうなずいた。そして、美しい波型のガラス瓶と金色の気象結晶を取り出す。


「それでは、お二人の大切な思い出にぴったりの『祝祭のそよ風瓶』を調合しますね。明日の正午までに仕上げて、お届けします!」


「配達はアマギ屋特急便に任せときな!」


 蔵が胸を張ると、二人はそろって頭を下げた。


「めいさん、蔵さん、よろしくお願いします」


 安心した表情の二人は、何度もお礼を言って店を後にした。

 ---


 客を見送ると、蔵は配達用の荷物を手に取った。


「んじゃ、俺は今日の配達に行ってくる」

「気をつけてね!」


 蔵は軽く手を振り、店を出ていった。


 統括府による気象独占が終わり、人々が自分たちの暮らしに合った天気を選べるようになった世界。

 天候相談処へと生まれ変わったアマギ屋は、今日も街の人々の願いに応えながら、忙しい一日を迎えていた。

お読みいただきありがとうございました。毎日投稿しています。

第2部は比較的気軽に読める話にはなっていると思います。

ブックマークや★評価で応援いただけると嬉しいです。

これってどういう意味?と思ったらコメント欄などで聞いていただけると助かります。

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