特別編2:シルフィ・アウラの休日
晴れ渡る青空の下、露店や屋台が並ぶ帝都の下町商店街は、買い物客の声でにぎわっていた。
アマギ屋のハーブと茶葉を仕入れに来ためいと蔵は、久しぶりに配達のない休日をのんびりと過ごしていた。
「ふわぁぁ。配達の仕事が丸一日ない休日なんて、いつぶりだ? 天気が自由になってから、街もすっかりのんびりムードだな」
蔵は大きく伸びをしながら、通りを見渡した。
「本当にいいお天気。今日は仕入れだけど、たまにはこうして街を歩くのも楽しいね」
二人が果物屋の前を通りかかったとき、蔵がいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「そういや、あの堅物のお役人、シルフィも今日は非番らしいぜ。今朝、役所の掲示板に当直交代の札が出てた」
「シルフィさん? 言われてみれば、あの人が休みの日に何をしているのか、全然想像がつかないね」
「どうせ部屋で背筋をピンと伸ばして、『気象法規第4条を暗唱する』とか言いながら、規則集でも丸暗記してるんだろ。あいつの頭の中には、歯車と法律しか詰まってないからな」
「もう、蔵ったら。でも確かに、真面目すぎて息抜きとか苦手そう
二人が笑いながら歩いていると、お菓子やジュースの露店が並ぶ路地の先から、突然、鈍い衝突音が響いた。
ゴチンッ。
続いて、どこか聞き覚えのある情けない声が聞こえてくる。
「いたたたたっ! なんでこんな低い位置に日除け看板を出してるのさ。頭ぶつけたじゃん!」
声の主を見て、二人は思わず足を止めた。
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そこにいたのは、だぼだぼのニットカーディガンを着たシルフィだった。
額にできた小さなたんこぶを袖でさすりながら、涙目で看板をにらんでいる。片手には、きな粉と砂糖をまぶした揚げパンの入った紙袋を持っていた。
「看板の角、めっちゃ痛かった。もう、角にクッションでも巻いておいてよ」
すると、露店の男性が笑いながら、ストロー付きの果実ジュースを差し出した。
「はいよ、兄ちゃん。果実ジュース、おまけしといたぜ。揚げパンの砂糖、服にこぼすなよ」
「わーい、ありがとう、おじちゃん! ここの揚げパン、外がサクサクで大好きなんだよね!」
めいと蔵は、野菜スタンドの日除け布の陰から、そろりと顔を出して一部始終を見ていた。
「だ、誰だ、あの腑抜けたプラチナブロンド髪は。『ありがとう、おじちゃん』だと? あの冷酷な片眼鏡が、嘘だろ」
蔵は口をあんぐりと開けたまま、わなわなと震えている。
「シ、シルフィさんだよね? 服もだぼだぼだし、まるで別人みたい……」
めいも目を丸くしたまま、呆然としていた。
当のシルフィは、二人が近くで見ていることにも気づいていない。口の周りに砂糖をつけたまま、果実ジュースを片手に、上機嫌で公園のベンチへ向かっていった。
その後ろを、めいと蔵が抜き足差し足で追いかける。
「んーっ、甘くて最高! 休日に青空の下で食べる揚げパンほど幸せなものはないね!」
シルフィは満面の笑みで、揚げパンを頬張った。
公園のベンチに腰掛けたシルフィの足元に、一匹の野良猫が近づいてきた。
シルフィはベンチの脇に生えていたねこじゃらしを摘み取り、猫の目の前で楽しそうに振った。
「おいで、猫ちゃん! ほらほら、ねこじゃらしだよ。ふさふさ揺れてて楽しそうでしょ?」
しかし、丸々と太った野良猫は、ちらりとシルフィを見ただけで、冷たく背を向けて立ち去ってしまった。
「ええっ? 猫ちゃん、行っちゃうの?」
シルフィはねこじゃらしを持ったまま、すっかりしょんぼりした。
「猫にまでフラれちゃったよ。もう、月曜からの仕事を考えるだけで胃が痛い。書類、全部消えないかなあ」
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数メートル後ろの木陰から様子をうかがっていためいと蔵は、顔を見合わせた。
「『書類、全部消えないかなあ』って。あの仕事の鬼が、絶対に言っちゃいけないセリフを吐いてるぞ」
「普段、すごく気を張っている分、お休みの日は本当に気が抜けちゃうのかな?」
二人は、いつもと違いすぎるシルフィの姿に、まだ信じられない思いだった。
しばらくして、シルフィは揚げパンを食べ終えた。
紙袋を片づけ、ベンチから立ち上がる。
「さてと、そろそろ帰ろうかな」
ところが、立ち上がった拍子に石畳の段差につまずいてしまった。
「わわっ、足が引っかかった!」
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勢いを止められないシルフィは、よろめきながら、めいと蔵が隠れていた太い樫の木へ突っ込んでいく。
「ちょっ、こっちに飛んできたぞ!」
「きゃあっ!」
「うわあっ、ぶつかる!」
ドォォンッ!
鈍い音が公園に響き、あたりは一瞬、静まり返った。
樫の木の陰で、三人は見事にぶつかり合っていた。
そして、顔を上げたシルフィと、めい、蔵の目が合った。
「……あ」
シルフィは一瞬で耳まで真っ赤になった。
慌てて二人から飛び退くと、咳払いをして姿勢を正した。
「ご、ごほん。き、貴様ら、なぜここにいる。いや、これは統括府の極秘任務だ。そう、潜入捜査で……」
「嘘つけ! ボタンを掛け違えてるうえに、口の周りに揚げパンの砂糖がべったりついてるぞ、お役人!」
蔵が容赦なく突っ込む。
「二人とも、落ち着いて!」
そう言いながら、めいも笑いをこらえきれず、肩を震わせていた。
「いや、めいも泣き笑いしてるじゃないか!」
顔を真っ赤にしたシルフィは、手に持っていたもう一つの紙袋を蔵の顔の前に突き出した。
「う、うるさい! 仕事外なんだから、どう過ごそうが私の勝手だろうが! ほら、この焼き菓子をやるから誰にも言うな! 職場にばらしたら、機密漏洩で処分するからな!」
そう言いながら紙袋を押しつけた拍子に、袋の端が派手に破れてしまった。
ビリィッ。
「ああっ、破れた! わわっ、クッキーが落ちる、落ちる!」
お花の形をした可愛らしいバタークッキーが、紙袋から次々とこぼれ落ちた。
蔵は腹を抱えて大笑いした。
めいは慌ててスカートの裾を広げ、落ちてくるクッキーを受け止めようとする。
「ぶはははっ! どこまでドジなんだよ、お前は!」
「笑ってないで、蔵も拾って!」
めいに促され、蔵もようやくしゃがみ込んでめいのスカートの裾からクッキーを拾い始めた。
シルフィは真っ赤な顔のまま、恨めしそうに二人をにらんでいた。
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その後、公園のベンチに三人が並んで座り、拾い集めたクッキーを真ん中に置き、それぞれクッキーをつまんでいた。
シルフィはまだ少し気まずそうにしながら、クッキーをかじった。
「……もぐもぐ。いいか、絶対に内緒だからな」
「わーってるよ。まあ、お堅いお役人も、案外普通のやつなんだな」
蔵はにやにやしながら、もう一枚クッキーを手に取った。
「シルフィさん、なんだか前よりずっと親しみやすくて素敵です」
めいが笑顔で言うと、シルフィは照れくさそうに顔をそむけた。
「そ、そうか。なら、いい」
そうつぶやき、クッキーをもう一つ口に放り込む。
青空の下、公園には穏やかな風が吹いていた。
かつて敵対していた天気屋と中央気象統括府。
その間にあった壁が、ほんの少しだけ低くなった。
これは、そんな穏やかな休日のひとときだった。
シルフィは第2部以降も引き続きたくさん登場します。
また、第1部と第2部で雰囲気がかなり違うのでは? という点についても、第2部の最後に特別編として、ちょっとした裏話を用意しています。




