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天気屋のお仕事~天気を売買する世界の物語~  作者: 相場 巴
第1部 第4章:空を返す日
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明日の天気

 古代の配電盤の前に立つシルフィは、迷いのない手つきでブレーカーを力いっぱい押し上げた。


 ガチャン。


 大きな蓄音機を思わせるラッパ型のマイクに、魔法の光が灯る。やがて、大陸全土のスピーカー網との接続が完了した。


「全土拡声魔導回線、強制接続完了。帝都および各管区の全測候スピーカーへ直結した」


 蔵がシルフィの横顔を見た。


「お役人、本当にいいのか。お前の立場がなくなるぞ」

「職務違反など今さらだ。真の秩序を取り戻すために、この言葉を届ける」


 シルフィはマイクに向き直り、声を張り上げた。


「全市民、ならびに全地方自治領へ告ぐ。中央気象統括府・監察局のシルフィ・アウラ監視官だ。これより、気象の一元独占管理を永久に廃止する!」


 その声は、帝都から遠く離れた地方にまで届けられた。


「天候は、特定の都市や権力者が独占するものではない。我々は空を支配する仕組みを終わらせ、大地の呼吸を本来の循環へと戻した」


 帝都の中央時計塔に設置されたスピーカーを、市民や商人たちが驚いた様子で見上げていた。

 一方、風見鶏が回る風哭の谷や開拓村でも、見張り塔のスピーカーから流れる声に、村人たちが耳を澄ませていた。


 シルフィは、さらに言葉を続けた。


「これからは、各地域が自ら天候を観測し、互いに協力しながら、空を分かち合い、調整していく。天気を恐れる必要はない。自分の目で空を見上げ、明日を選んでほしい」


 放送を聞いた人々の間に、戸惑いの声が広がった。


「天気の管理を廃止するって、じゃあ、毎朝買っていた晴天ボトルはどうなるんだ。これからどうやって暮らせばいいんだよ」


 不安そうな商人に、近くにいた年配の女性が答えた。


「何を慌てているんだい。昔の暮らしに戻るだけさ。雨が降る日もあれば、晴れる日もある。当たり前の空に戻ったってことだよ」


「そうそう。雨が降ったら雨宿りすればいいし、どうしても晴れてほしいときは、アマギ屋みたいな街の職人に相談すればいいんだ」


 別の商人も、納得したようにうなずいた。


「つまり、天気を買う暮らしから、空と付き合う暮らしに変わるってことか」

「なるほどな。そっちのほうが、ずっと人間らしいじゃねえか」


 人々の表情から、少しずつ不安が消えていく。

 やがて街のあちこちから歓声が上がった。

 空が返ってきたのだ。

 ---

 その後、世界各地に変化が訪れた。


 風哭の谷では、長い干ばつに苦しんでいたトウモロコシ畑に、優しい雨が降り注いだ。

 青々と葉を茂らせたトウモロコシが、雨粒を受けて静かに揺れる。

 畑に飛び出した少年は、空を見上げて叫んだ。


「雨だ! 優しくて、あったかい雨だよ、父ちゃん!」

「畑が、土が喜んでらぁ」


 父親は濡れた土を手に取り、しっかりと握りしめた。

 ---

 開拓村でも、雨が大地を潤していた。

 ひび割れた地面に水が染み込み、枯れていた井戸にも少しずつ水が戻り始める。

 井戸の周りでは、乾ききった土を押し分けるように、小さな緑の芽が顔を出していた。

 村人たちは井戸を囲み、目の前の光景を信じられない様子で見つめていた。


「枯れ井戸に水が戻った。百年の呪いが、ようやく解けたんだ」


 誰かがそうつぶやくと、周囲の人々も静かにうなずいた。

 ---

 帝都の中央時計塔前では、市民や商店主たちが軒先で雨宿りをしていた。


 それまで天候を独占していた配給制度はなくなった。しかし、気象結晶そのものが失われたわけではない。安全に使える道具として、これからも人々の暮らしを支えていく。


 パン屋の男性は、手元の気象瓶を掲げた。


「見てみろ! 結晶が壊れていない。暴走も止まっているぞ!」

「配給の仕組みはなくなったけど、道具としては使い続けられるんだな」

「雨って、こんなにいい匂いがするんだね」


 市民たちは、雨に濡れた石畳や街路樹を眺めながら、久しぶりに自然の天気を味わっていた。

 ---


 その頃、三人がいる地下の古代水脈ゲートでは、破損した天井ドームと換気シャフトから、柔らかな金色の光が差し込んでいた。


 光に照らされた雨粒が、プラットフォームへと静かに降り注ぐ。

 シルフィは地上から届く歓声に耳を澄ませた。


「地上のあちこちから、喜びの声が聞こえてくるようだ」


 めいは光の差す天井を見上げた。


「空が、ちゃんとみんなのもとに戻ったのね」

「さあ、地上へ戻ろう。我々の新しい仕事が待っている」


 シルフィの言葉に、めいと蔵はうなずいた。

 三人は、地上へ続く古い水門へと歩き始めた。

 ---


 古い石造りの水門アーチをくぐり、三人はようやく地上へ出た。


「ふぁあ。やっと外に出られたぜ。やっぱり外の空気はうまいな!」


 蔵は大きく伸びをした。


 雲の切れ間から午後の陽光が差し込み、濡れた石畳を明るく照らしている。三人は心地よい風を胸いっぱいに吸い込んだ。


「雨が、上がったんだわ」


 めいが空を見上げる。


 水たまりは鏡のように光を反射し、店の軒先からは雨の雫がぽたりぽたりと落ちていた。商店主たちは日除けを巻き上げ、市民たちも澄んだ空気を楽しんでいる。


「空気が澄み切っているな」


 蔵が深呼吸した。


「これが、本物の雨上がりってやつなのか」


 時計塔やゴシック様式の尖塔の向こうには、千切れ雲が流れ去った青空が広がっていた。

 その空を、鮮やかな色の鳥たちが飛んでいく。

 そして、街の広場から大きな歓声が上がった。


「見ろよ、めい! 虹だ! 二重にかかってるぞ!」


 空には、二つの虹が美しい弧を描いていた。


「きれい。これが、空が自分で架けた本当の虹なのね」


 めいは、胸に抱いた調律音叉をそっと握りしめた。

 シルフィも虹を見上げ、感慨深そうにつぶやいた。


「計算や魔導結晶では、決して再現できない美しさだな」


 三人は広場の噴水のそばに並び、金色の光を浴びながら空を見上げた。

 周囲では、子どもたちが水たまりを楽しそうに跳び越えている。

 シルフィは晴れやかな表情で胸に手を当てた。めいも、満面の笑みを浮かべた。


「百年続いた偽りの快晴が終わり、世界は今、本当の朝を迎えたのだな」

「はい。世界中の空が、呼吸を始めたんです」

「悪くはないな」


 シルフィはもう一度、広い空を見上げた。


「数字と規則の中で仕事をしていた頃は、肉眼で見上げる空が、これほど広いものだとは知らなかったよ」

「やっと、お役人の堅苦しいところが取れたな」


 蔵がからかうように笑う。


 シルフィは苦笑し、コートを整えると、二人に向き直った。


「私は残務を処理した後、統括府を解体する。そして、民を守り、災害を防ぐための新しい組織を立ち上げるつもりだ」


「新しい組織?」


「気象保安測候局だ。天候を独占するためではない。各地の観測網をつなぎ、誰もが安心して空と付き合えるようにする。そのための組織をつくりたい」


「シルフィさん、素敵です!」


 めいが笑顔で答える。

 蔵とシルフィは、互いに爽やかな笑みを浮かべ、拳を合わせた。


「君のような無頼の配達員に背中を預けることになるとは思わなかったが、悪くない経験だった」

「違約金なしで世界を救ったんだ。感謝しろよな。お役所仕事に疲れたら、いつでもアマギ屋に茶でも飲みに来い」

「毒にも薬にもならない茶なら、たまには考えてやろう」


 シルフィはそう答え、めいへと向き直った。

 めいは差し出された手を、両手で温かく包み込むように握った。


「めい殿。君たちのような民間の天気屋こそ、これからの自由な世界を支える存在だ。これからも空を頼む」


「はい。私たちの手で、一人ひとりの暮らしに寄り添う天気を届けます!」

「さて、帰るとするか! 店長、俺たちの仕事の再開だ!」


 蔵に促され、めいは大きくうなずいた。

 三人は笑顔で別れ、それぞれの新しい仕事へと歩き出した。

 ---


 シルフィと別れためいと蔵は、下町のアマギ屋へと戻ってきた。


 統括府の急襲を受けた店内は、荒らされたままだった。それでも、開いた扉から差し込む午後の陽光が、見慣れた店内を穏やかに照らしていた。


「ただいま。私たちのアマギ屋」


 めいは、懐かしい店内を見渡した。


「やっぱり、ここが一番落ち着くな」


 蔵もほっとしたように息をつく。

 窓から差し込む光の中で、舞い上がった埃がきらきらと輝いていた。

 二人は、まず店内の片付けから始めた。


「統括府の連中に荒らされたままだったな。だけど、何も壊されてはいないようだ」

「おじいちゃんが残してくれた記録も、調合台も、みんな無事よ」


 めいは大切な道具を一つずつ確かめ、元の場所へ戻していく。

 片付けがひと段落すると、蔵は店の正面にある格子窓を大きく開け放った。

 心地よい風が店内を吹き抜け、カーテンを揺らす。


「統括府による天気の一元管理は終わった。これからは、統括府が決めた天気に困るんじゃなくて、自分たちの暮らしに合う天気を相談しに来るんだろ? あの洗濯屋の親父も、風哭の谷の少年も」


「ええ。一方的に配給される空じゃなくて、一人ひとりの暮らしに寄り添い、一緒に明日を迎えるための天気屋よ」


 めいは調合台を見つめ、これからの仕事に思いを巡らせた。


「これからは、もっと忙しくなるわね」

「望むところだ。世界一の配達屋がついてるんだ。どんと構えてな!」


 蔵は胸を張った。


 めいは思わず笑い声を上げた。

 ---


 ひと通り片付けが終わる頃には、窓の外も夕暮れに染まり始めていた。


「すっかり日が暮れてきたな」


 蔵は窓辺に立ち、赤みを帯びた空を見上げた。


「雨上がりの夕暮れって、こんなに静かで温かいのね」


 めいは、調合台の上に並べた道具を眺めながら微笑んだ。

 しばらくして、蔵がふと思い出したように尋ねた。


「なあ、めい。明日の天気はどうなんだ? 晴れるのか、それともまた雨が降るのか?」


 めいは窓の外へ目を向けた。

 そこには、誰かに決められた天気ではなく、自然のままに移り変わっていく空があった。


「明日の天気は、どうなるかわからない。だから、楽しみなの!」

「そうだな。それが俺たちの空だからな!」


 二人の声が、夕暮れのアマギ屋に明るく響いた。



 第1部 完

これにて第1部は完結となります。

この後はキャラクターたちの小話を挟み、第2部(第6部完結予定)へと続く予定です。

一部、説明が足りていない・語彙がわかりにくい箇所もあるかと思いますので、今後少しずつ加筆・修正していきたいと思います。また、活動報告にキャラクター紹介や作品のあれこれも掲載していますので、そちらもあわせてご覧いただけると嬉しいです。引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。

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