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天気屋のお仕事~天気を売買する世界の物語~  作者: 相場 巴
第1部 第4章:空を返す日
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百年分の雨③

 蔵は台座の手すりを力強く蹴り、緑と黄色の風の火花を散らしながら跳躍する。


「一発目、東側弁いくぞ!!」



 ドォッ!!



 蔵は空中に浮かぶ真鍮のパイプや細い鉄骨を軽やかに蹴り渡り、南と西のハンドルにも飛びついて、次々とひねり開けていく。


「東・西・南、全開!! 残るは北の主弁だけだ!!」


 急激にハンドルが開いたことで、配管が大きく軋む。

 高圧の冷気と蒸気が噴き出し、紫色の電気スパークがシルフィを襲う。

 シルフィは剣を抜き、飛び散るスパークを次々とはじいていく。


「全土二十四箇所の測候ゲート、バイパス受信同期率九十パーセント……! 回線は維持している! だが、隔壁の内圧がもう持たん! めい、急げ!!」


 めいは調律調律音叉を、初代の三つ葉紋様が刻まれたソケットに差し込む。


 カチリ……。

 キィィィン……。



「怖くない。おじいちゃん、力を貸して……!」



 メキメキメキッ……。

 バギィィッ……。


「臨界時間まで、残り十秒――!!」

「北弁、全開!!」

「解き放たれよ、百年の悲しみ……! 『大地の呼吸』へ、還りなさい――!!」


 ---


 天井に設置された巨大タンクが割れ、大量の水が一気に流れ込んできた。


 何億トンもの黒い濁流が、雷撃を伴って三人に襲いかかる。

 シルフィはずぶ濡れになりながらも剣を両手で構え、全魔力を注ぎ込む。


 次の瞬間、巨大な風の刃が障壁となって三人の前に広がった。



「持ちこたえろ……! ここで押し流されたら世界が終わるぞ!」



 頭上から巨大なガラス片と水塊が降り注ぐ。

 蔵は電光石火のごとくめいのもとへ駆け寄り、彼女をかばいながら迫りくる水塊をかわした。


「めい、足元は任せろ!」


 めいは祖父から受け継いだ特大の結晶フラスコ――「アマギ屋特製・大気希釈アンカー液」の封蝋を割り、コルクを一気に抜く。


「百年の悲劇も、奪われた空も……全部この一滴で受け止める……!」


 めいは振動する調律調律音叉の根元に、青く澄み渡る希釈液を注ぎ込んだ。



 ヴォォォォン……。



 液が触れた瞬間、床面を覆っていた濁流が青白く澄んだ泡へと変わり始める。

 同時に、周囲に並ぶ巨大なパイプオルガンのような装置から、重低音が鳴り響いた。


 ---


「地下の水路だけでは、百年分の雨が持つ膨大なエネルギーを受け止めきれない! 蔵、地下室が破裂する前に、頭上にある空への中央排気バルブを開けてくれ!」


 蔵は石の手すりを力いっぱい蹴り、風のブーツから圧縮空気をジェット噴射させた。

 滝のように降り注ぐ水しぶきを突き破り、中央排気バルブへ向かって空高く飛び上がる。



「俺の風は――誰にも縛らせねぇ!! 全部、空へ還れ!!」



 グググググ……。



 蔵が中央排気バルブを開く。

 百年間、地下に閉じ込められていた風と雨が、開放された排気路を通って地上へと流れ始めた。

 圧縮されていた大気が巨大な上昇気流となり、地下にたまった水とともに天へと吹き抜けていく。


「主放水弁、完全開放! 大気回路の全ルートが開通したぞ! めい殿、今だ! すべての流れを『大地の呼吸』に同調させろ!!」


(おじいちゃん、見ていて……。アマギ屋の調合は、誰かを傷つけるためのものじゃない……! すべての命に、優しい明日を届けるためのものよ)


 めいは調律音叉に手を添え、静かに語りかける。


「百年間閉じ込められていた雨さん、もう暴れなくていいんだよ。大地を潤す優しい水にお戻り」


 めいはさらに希釈液を注ぎ込んだ。


 調律音叉の響きと希釈液の作用によって、濁流はみるみるうちに透き通った七色の「光のミスト」へと姿を変えていく。


「信じられん……。 あれほど凶暴だった気圧の歪みが、完全に調和し、消滅していく……!」

「……これが、めいの『本当のお仕事』か……!」


 世界を沈めるはずだった大災害の泥水が、めいの手によって、生き物を育てる「命の恵みの水」へと変わった瞬間だった。


 ---


 星図の曼荼羅を思わせる光輪をまとった巨大な光の竜巻が、光の霧を巻き上げながら天を貫いていく。


「すげぇ! 濁流が、全部光の雲になって、空へ昇っていく」

「これほどの質量の水と大気が、一切の破壊を伴わず、調和の霧へと昇華したというのか……」

「奇跡、だな」


「おかえりなさい。私たちの、世界の空……!」

「やったな、めい! 俺たちの勝ちだ」


 帝都の中心から噴き上がった光の柱が、街を覆っていた重い雲を黄金色に染めながら、天空全体へと優しく広がっていった。

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