百年分の雨③
蔵は台座の手すりを力強く蹴り、緑と黄色の風の火花を散らしながら跳躍する。
「一発目、東側弁いくぞ!!」
ドォッ!!
蔵は空中に浮かぶ真鍮のパイプや細い鉄骨を軽やかに蹴り渡り、南と西のハンドルにも飛びついて、次々とひねり開けていく。
「東・西・南、全開!! 残るは北の主弁だけだ!!」
急激にハンドルが開いたことで、配管が大きく軋む。
高圧の冷気と蒸気が噴き出し、紫色の電気スパークがシルフィを襲う。
シルフィは剣を抜き、飛び散るスパークを次々とはじいていく。
「全土二十四箇所の測候ゲート、バイパス受信同期率九十パーセント……! 回線は維持している! だが、隔壁の内圧がもう持たん! めい、急げ!!」
めいは調律調律音叉を、初代の三つ葉紋様が刻まれたソケットに差し込む。
カチリ……。
キィィィン……。
「怖くない。おじいちゃん、力を貸して……!」
メキメキメキッ……。
バギィィッ……。
「臨界時間まで、残り十秒――!!」
「北弁、全開!!」
「解き放たれよ、百年の悲しみ……! 『大地の呼吸』へ、還りなさい――!!」
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天井に設置された巨大タンクが割れ、大量の水が一気に流れ込んできた。
何億トンもの黒い濁流が、雷撃を伴って三人に襲いかかる。
シルフィはずぶ濡れになりながらも剣を両手で構え、全魔力を注ぎ込む。
次の瞬間、巨大な風の刃が障壁となって三人の前に広がった。
「持ちこたえろ……! ここで押し流されたら世界が終わるぞ!」
頭上から巨大なガラス片と水塊が降り注ぐ。
蔵は電光石火のごとくめいのもとへ駆け寄り、彼女をかばいながら迫りくる水塊をかわした。
「めい、足元は任せろ!」
めいは祖父から受け継いだ特大の結晶フラスコ――「アマギ屋特製・大気希釈アンカー液」の封蝋を割り、コルクを一気に抜く。
「百年の悲劇も、奪われた空も……全部この一滴で受け止める……!」
めいは振動する調律調律音叉の根元に、青く澄み渡る希釈液を注ぎ込んだ。
ヴォォォォン……。
液が触れた瞬間、床面を覆っていた濁流が青白く澄んだ泡へと変わり始める。
同時に、周囲に並ぶ巨大なパイプオルガンのような装置から、重低音が鳴り響いた。
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「地下の水路だけでは、百年分の雨が持つ膨大なエネルギーを受け止めきれない! 蔵、地下室が破裂する前に、頭上にある空への中央排気バルブを開けてくれ!」
蔵は石の手すりを力いっぱい蹴り、風のブーツから圧縮空気をジェット噴射させた。
滝のように降り注ぐ水しぶきを突き破り、中央排気バルブへ向かって空高く飛び上がる。
「俺の風は――誰にも縛らせねぇ!! 全部、空へ還れ!!」
グググググ……。
蔵が中央排気バルブを開く。
百年間、地下に閉じ込められていた風と雨が、開放された排気路を通って地上へと流れ始めた。
圧縮されていた大気が巨大な上昇気流となり、地下にたまった水とともに天へと吹き抜けていく。
「主放水弁、完全開放! 大気回路の全ルートが開通したぞ! めい殿、今だ! すべての流れを『大地の呼吸』に同調させろ!!」
(おじいちゃん、見ていて……。アマギ屋の調合は、誰かを傷つけるためのものじゃない……! すべての命に、優しい明日を届けるためのものよ)
めいは調律音叉に手を添え、静かに語りかける。
「百年間閉じ込められていた雨さん、もう暴れなくていいんだよ。大地を潤す優しい水にお戻り」
めいはさらに希釈液を注ぎ込んだ。
調律音叉の響きと希釈液の作用によって、濁流はみるみるうちに透き通った七色の「光のミスト」へと姿を変えていく。
「信じられん……。 あれほど凶暴だった気圧の歪みが、完全に調和し、消滅していく……!」
「……これが、めいの『本当のお仕事』か……!」
世界を沈めるはずだった大災害の泥水が、めいの手によって、生き物を育てる「命の恵みの水」へと変わった瞬間だった。
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星図の曼荼羅を思わせる光輪をまとった巨大な光の竜巻が、光の霧を巻き上げながら天を貫いていく。
「すげぇ! 濁流が、全部光の雲になって、空へ昇っていく」
「これほどの質量の水と大気が、一切の破壊を伴わず、調和の霧へと昇華したというのか……」
「奇跡、だな」
「おかえりなさい。私たちの、世界の空……!」
「やったな、めい! 俺たちの勝ちだ」
帝都の中心から噴き上がった光の柱が、街を覆っていた重い雲を黄金色に染めながら、天空全体へと優しく広がっていった。
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