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天気屋のお仕事~天気を売買する世界の物語~  作者: 相場 巴
第1部 第4章:空を返す日
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天気の流通停止③

 旧市街の地下放水路。


 水道橋を思わせる巨大な石造りのトンネルが、暗闇の奥へと続いていた。足元には黒ずんだ水が流れ、湿った空気が肌にまとわりつく。


 シルフィがランタンを掲げ、めいが祖父の地図を確認しながら進む。その先頭を、蔵が警戒しながら歩いていた。


「湿度が異常に高いわ。上流の古い配管から、ゴミ捨て場にたまった汚れた気象ガスが漏れて、水に混ざっているみたい」


「注意しろ。この先は百年間も手入れされていない古い水路だ。地盤の亀裂から何が噴き出すか分からん」


 シルフィが警告した、その直後だった。


 頭上を通る錆びついた鉄パイプから、突然、バルブが開く音が響いた。

 次の瞬間、ダムが決壊したかのような勢いで、高圧の水と蒸気が噴き出した。激流は足場にいためいめがけて、まっすぐに襲いかかる。


「排水バルブが勝手に開いたの?」

「中央システムが壊れたせいで、配管の水を制御できなくなっているんだ! たまっていた水が一気に吐き出されているぞ!」


 狭い通路には逃げ場がない。


 めいは激流に足を取られ、流されそうになった。

 その瞬間、シルフィが剣を振り抜いた。


「風よ、激流を切り裂け!」


 剣から放たれた風が、激流を左右に押し分けた。三人が通り抜けられるほどの空間が、一瞬だけ生まれる。


「蔵、跳べ! 足元の石畳が崩れるぞ!」


 直後、足場がガラガラと音を立てて崩れ落ちた。


 蔵は風のブーツを一気に噴射させ、空中へと跳び上がる。滑り落ちそうになっためいの腰をしっかりと抱きかかえ、そのまま引き上げた。


「言ったろ、めい。足元はオレに任せとけ!」

「蔵、ありがとう!」


 蔵はめいを抱えたまま、シルフィが立つ高台の安全な石床へ着地した。

 めいを下ろすと、蔵は前方に目を向けた。


「見ろよ。あれが百年前から封鎖されていた地下水路の最深部、第零保管区の水門じゃないか?」


 暗闇の奥に、巨大な円形の扉がそびえ立っていた。青銅と鉄で造られた扉には、歯車や時計の針を思わせる細かな模様がびっしりと刻まれている。


 その先こそ、第零保管区の入り口だった。


 ---


 三人は、古代水路の最深部へとたどり着いた。


 目の前に立ちはだかるのは、真鍮と鉄で造られた巨大な三重水門だ。扉は何重にも重なり、中央には複雑な歯車の仕組みが組み込まれている。


「なんだ、このでかい扉は。蹴っ飛ばしてもびくともしないぞ」


 蔵が扉を見上げた。


「三重の防壁シャッターだ。百年間、誰にも開けられないよう厳重に施錠されている」


 シルフィの説明どおり、扉の左右には鍵穴が一つずつあった。

 左側には統括府の鷲の紋章。右側には、雲と三つ葉の紋章が刻まれている。

 シルフィは監査マスターキーを取り出した。


「統括府の最高機密施設に使われる、二重認証機構か。まずは左側の鍵穴を解除する」


 彼は監査マスターキーを差し込み、操作した。


 □□□


【電子暗号コード認証成功】


 □□□


 認証は成功した。しかし、中央の歯車は動かなかった。


「中央のシリンダーが連動しない。内部の気圧共鳴弁が、もう一つの鍵を待っているようだ」


 めいは鞄から、祖父の形見である調律音叉を取り出した。


「大丈夫。おじいちゃんの帳簿に、解錠に必要な周波数が書いてあったわ」


 音叉の柄の底には、扉の右側に刻まれたものと同じ、雲と三つ葉の紋章があった。

 めいは二つの紋章を見比べ、はっとした。


「あれ。この音叉のマーク、右側の鍵穴の紋章と同じだわ。もしかして、この調律音叉が二つ目の鍵なの?」


 めいは音叉を手のひらで軽く叩いた。

 澄んだ音が響き、湿った空気の中へと広がっていく。


 カチャ。


 カチャ。


 ガコォン。


 音叉の振動に呼応するように、扉の内部で歯車が動き始めた。クローバー型の歯車と真鍮のシリンダーが、音を立てながら噛み合っていく。


「連動した! 百年前、おじいちゃんと統括府は、二つそろって初めて機能する鍵を作っていたんだわ!」


「官民双方の鍵がなければ開かない仕組みか。勝手に開けられないようにするための安全装置だったのだな。先代がこれを残した理由も、ここにあったのか」


 シルフィがそう言った直後、巨大な中央ダイアルが回転した。


 轟音が地下水路に響き渡り、百年間閉ざされていた鉄扉が、きしみながらゆっくりと開いていく。

 その隙間から、髪やコートを激しく揺らすほどの強風が吹き出した。湿気をたっぷり含んだ蒸気があふれ、その中では紫紅色の雷光が不気味に明滅している。


「うわっ、なんだ、この風圧と湿度は!」

「この奥に、百年間隠されていた秘密があるのね」


 めいは吹きつける風に目を細めながら、開いた扉の向こうを見つめた。


 ---


 三人は、巨大な扉の向こうへ足を踏み入れた。


 細い鉄製の通路が暗闇の中へ伸びている。足元からは冷たい蒸気が立ち上り、遠くから機械のうなるような音が聞こえてきた。


 通路の先に広がる光景を見て、蔵が息をのんだ。


「とんでもない広さだぞ」

「ここが、国の公式地図から完全に消されていた地下深部、第零保管区だ」


 シルフィは測定器を取り出した。画面を確認した途端、赤い警告文字が次々と表示される。


 □□□


【空気の圧力:限界値を420%超過】

【ガラス壁の強度:残存14%。破裂の危険あり】


 □□□


「測定器の数値が限界を超えている。気圧も湿度も魔法のエネルギーも、すべて異常値だ。このままでは、周囲にどんな被害が出るか分からない」


シルフィの声に、緊張がにじんだ。


「空気が、泣いているみたいに重苦しいわ」


めいは胸に手を当てた。息苦しさだけではない。押しつぶされそうなほどの重い気配が、空間全体を包み込んでいた。


三人の目の前には、古代の真鍮で造られた巨大な列柱と、無数の送気管が並んでいた。その中央には、巨大な歯車式の計器に囲まれた透明な魔導隔壁が浮かんでいる。


隔壁は球体を形作り、その内部では漆黒の雨雲と紫紅色の雷光が激しく渦巻いていた。


まるで、巨大な心臓が脈打っているかのようだった。


「なんだよ、これ。雨と嵐が丸ごと閉じ込められているのか?」


蔵は信じられないという顔で、球体を見上げた。


「帝国が百年間奪い、隠し続けてきた『百年分の未配分の雨』。その全貌だ」


シルフィは、球体を囲む無数の計器に目を向けた。


「こんなにたくさんの雨を閉じ込めていたから、世界中の天気が歪められて、みんなの故郷まで奪われたんだわ」


めいは、渦巻く雨雲を見つめた。


「全部、あるべき空へ還さなきゃ」

「ああ。やってやろうぜ、めい!」


蔵が力強く答えた。


「私も全力を尽くそう」


シルフィも剣を握り直した。


三人は、百年間閉じ込められてきた雨を取り戻すため、巨大な球体へと向き直った。

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