天気の流通停止②
「外の騒ぎはひとまず落ち着いたようだな。では、本題に入ろう」
「統括府のエリート様が、命がけで持ち出してくれたものを拝ませてもらおうじゃないか」
蔵に促され、シルフィは持ってきた円盤のスイッチを押した。
すると、青い光で描かれた立体的な地図が、目の前の空中に浮かび上がった。帝都の地下に張り巡らされた、気象パイプの地図だった。
「統括府の上層部は、原因を調べもせずに機械を無理やり再起動しようとしている。そんなことをすれば、全土の機械が暴走しかねない」
「この青い線は、帝都の地下を通る気象パイプよね?」
めいが地図をのぞき込むと、シルフィはうなずいた。
「そうだ。だが、統括府の公式図面には妙な点がある。街中から吸い上げたはずの大量の雨を運ぶパイプが、途中で途切れているんだ。その先は『行き先なし』という扱いになっている」
「何千、何億トンもの雨を吸い上げておいて、行き先がないなんてあり得ないだろ。どこかに隠された貯蔵施設か、雨を捨てるための穴があるはずだ」
蔵の言葉を聞き、めいは祖父の残した帳簿を開いた。
「見て! おじいちゃんの古い帳簿に、昔の地下水路や換気口の場所が書いてあるわ。統括府の地図と縮尺を合わせて重ねてみれば、何か分かるかもしれない」
めいは帳簿のページを開き、そこに描かれた古い地図を、シルフィが投影した地下パイプの地図に重ね合わせた。
二つの地図を照らし合わせると、公式図面から完全に消されていた巨大な地下空間が浮かび上がった。
「ここだ。百年分の雨が隠されている地下施設、『第零保管区』だ!」
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「統括府は、天気を生み出していたのではない。全土から吸い上げた天気をここに封じ込め、帝都と特権階級にだけ配分していたのだ。そうして、天気を支配する力を握り続けていたのだな」
シルフィは、浮かび上がった地下施設の位置を見つめた。
「なるほどな。街の金持ちが気持ちのいい青空を買っていた裏で、オレたちの故郷は、カラカラに干からびたり、大雨で沈められたりしていたわけだ」
蔵の声には、怒りがにじんでいた。
「空はみんなのものなのに。そんなの、絶対に許せない!」
めいの言葉を合図に、三人はテーブルを囲み、地図を詳しく調べ始めた。
「第零保管区に潜入したいところだけど、シルフィさん。その地下施設は、兵隊や頑丈な扉で厳重に守られているんじゃないの?」
「その通りだ。正面のエレベーターや通常の通路には、銃を持った憲兵が配置されている。正面突破は難しいだろう」
シルフィの説明を聞き、めいは祖父の帳簿をめくった。やがて、ある図面を見つけて指さす。
「待って。おじいちゃんの帳簿に、街の古い地下水路の図面があるわ! 奥のほうに、昔、地下の空気を逃がすために使われていた『隠し通風口』が描かれているの」
「なんだと。地下水路に、そんな抜け道があったのか」
「ドブさらいや地下の裏道なら、足の速い俺の得意分野だ。正面が駄目なら、下水道の抜け道から忍び込めばいい」
蔵は自信たっぷりに胸を張った。
「うん。閉じ込められた空をみんなに返すために、地下へ乗り込もう!」
めいの決意に、シルフィも静かにうなずいた。
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潜入の方針が決まると、三人は出発の準備に取りかかった。
めいは祖父の形見である真鍮の調律音叉と、高濃度の「大気アンカー液」が入ったガラスの小瓶を、丁寧に革鞄へ詰めた。
「百年間も閉じ込められていた雨よ。もし地下施設の壁にひびが入って、封じ込められた雨が一気に噴き出したら、私たちには止められないかもしれない」
めいは小瓶を確かめながら続けた。
「だから、おじいちゃんの音叉と、暴れる空気を落ち着かせる超強力な安定剤を持っていくわ」
その隣では、蔵が風のブーツのベルトを締め直していた。
「地下の下水道は泥だらけで滑りやすいし、水の流れも速い。危険な場所だが、足元はオレに任せときな。お前らが川に落ちそうになったら、首根っこをつかんで引っ張り上げてやるから安心しろ」
「頼りにしているわ、蔵」
最後に、シルフィが細い剣を鞘から抜いた。
「この剣なら、風のバリアを張って、吹き出してくる高圧の水を押し返せる。地下の防犯装置が作動して水が襲ってきても、私が道を切り開こう」
剣を確かめたシルフィは、ふと手を止めた。
「規則違反に潜入工作、おまけに地下水路への不法侵入か。統括府の教本に従えば、即座に重罪人扱いだな」
蔵はシルフィの顔を見て、にやりと笑った。
「堅物のお役人が、すっかりやさぐれたな。けど、その顔も似合ってるぜ」
「ふん。軽口を叩いている暇があるなら、靴紐でも結び直すがいい」
シルフィはすぐに言い返したが、その頬はほんの少し赤くなっていた。
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装備を整えた三人は、アマギ屋の裏木戸の前に並んだ。
木戸の向こうには、旧市街の薄暗い石畳が続いている。その先には、地下水路へと通じるマンホールがあった。
これから向かうのは、百年間隠されてきた秘密の地下施設。そこには、帝都の青空を支えるために封じ込められた雨と、統括府が隠してきた真実が眠っている。
めいは革鞄を背負い直し、二人を見た。
「準備はいい? さあ、旧市街の地下放水路へ行こう」
三人は裏木戸を開け、薄暗い旧市街へと足を踏み出した。
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