第十四区画②
枯れた井戸のそばで、村の長老は使い古された杖に体重を預け、静かに語り始めた。
「今は枯れているこの井戸も、儂が若い頃は冷たい水が絶え間なく湧き出ておった。だが、いつの頃からか、雲がすっかり寄りつかなくなってのう」
長老の言葉を聞きながら、めいはかつての村の様子を思い浮かべた。
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統括府の地方庁舎。その重厚な石門の前で、若き日の長老と村人たちが、空の椀や桶を手に雨を求めていた。
「何度も街の役所へ足を運び、雨を分けてくれと頭を下げた。だが、役人どもは門前払いじゃった。『お前たちの村など、書類には存在せん』とな」
村人の一人が、怒りを抑えきれずに声を上げた。
「帝都じゃ毎日、『晴天率99%の理想郷』なんて宣伝してるんだろ? ふざけるなよ! あいつらが毎日晴れの中で暮らせるのは、要らなくなった熱気や湿気を、お上のバイパス管でこの村に押しつけているからじゃないか!」
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話を聞き終えためいは、拳を強く握りしめた。
「帳簿から村の名前を勝手に消しておいて、『存在しないから雨はやれない』なんて。そんな理不尽、許されるはずがありません!」
書類の上で村を消し去り、人々が生きるために必要な雨まで奪った統括府。その仕打ちに、めいは強い怒りを覚えていた。
長老は、ぎらつく空へ枯れ枝のような手を掲げた。
「統括府の役人は、こう言ったよ。『帝都の繁栄を守るための気象統御だ。周縁区の多少の乾燥は、計算上の許容範囲である』とな」
長老はそこで言葉を切り、枯れ井戸へ目を向けた。
「だがのう、大昔、儂の祖父の時代には、この井戸に『奇跡の水』が宿っておった。ある気象職人が、村のために井戸の底へ何かを遺してくれたらしい」
「井戸の底か」
蔵は鋭いまなざしで、暗い井戸の底を見つめた。
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そのとき、めいは愛用の携帯晴雨計を取り出した。
針は危険域を大きく超え、激しく振れている。
「局所気圧、1102ヘクトパスカル! 近隣都市から排出された熱気のせいで、村の上に巨大な『乾燥高気圧のフタ』ができているわ。これじゃ、雨雲が来ても押し返されてしまう!」
「都市の連中が快適な青空を買うたびに、この村へ熱風のゴミが押しつけられていたってわけか」
蔵は周囲を見回しながら、厚手の麻ロープを取り出した。怒りに震えるめいとは対照的に、すでに井戸の調査を始めるつもりらしい。
「怒ってても腹は膨れないぞ、めい。それより、ある気象職人が残したものが井戸の底にあるかもしれない」
蔵はロープを井戸の木枠に取りつけられた滑車へ結びつけ、結び目を確かめた。
「暗闇と高所なら配達屋の本領発揮だ。ちょっと底をさらってくる」
「えっ、ちょっと、蔵!」
「気をつけてくだされ。底には百年分の泥と瓦礫が積もっておるのじゃ」
長老の言葉にうなずくと、蔵は真鍮のランタンを腰に提げた。片手でロープを握り、井戸の石壁を蹴りながら、身軽に降りていく。
めいは井戸の縁から、心配そうにその姿を見守った。
「気をつけて、蔵! 何か見つかったら、すぐ合図して!」
「了解! 大昔の遺品とやらを拝んでくる」
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蔵はロープを慎重に伝い、ようやく井戸の底へ降り立った。
そこには、長年積もった泥と瓦礫が広がっていた。
(外の地獄みたいな熱気が嘘みたいに冷え切っている)
外の灼熱とは正反対の、ひんやりとした空気に、蔵は思わず息をついた。
頭上を見上げると、はるか高い位置にある井戸の開口部から、まぶしい太陽の光が差し込んでいる。その縁から、めいが心配そうに覗き込んでいた。
「蔵、大丈夫? 無事?」
「無事に到着したぞ! 底は泥と瓦礫だらけだけど、足場はしっかりしてる!」
蔵は腰からランタンを外し、明かりを掲げた。
光に照らされて浮かび上がったのは、普通の農村の井戸とは思えないほど、精巧で頑丈な石組みだった。
「ただの農村の井戸にしちゃ、石組みがやけに頑丈で精巧だな。大昔の職人が組んだって話は本当らしい」
蔵は泥の上にしゃがみ込んだ。
そのとき、前髪がかすかに揺れた。
干上がったはずの井戸の底から、冷たい風が吹き上がっている。
「ん? 風だ。完全に干上がったはずなのに、井戸の底から冷たい微風が吹いてきてる」
蔵は風の出どころを探り、周囲の土を掘り始めた。
やがて、土の中から石が現れた。邪魔な石をどかすと、ランタンの光に鈍く輝く金属の角が見えた。
真鍮のリベットで頑丈に留められた、何かの金属製の構造物だった。
(なんなんだ。何かが埋まっているぞ)
蔵は泥を払い、さらに詳しく調べようと身を乗り出した。




