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天気屋のお仕事~天気を売買する世界の物語~  作者: 相場 巴
第1部 第3章:空に残された傷
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第十四区画②

 枯れた井戸のそばで、村の長老は使い古された杖に体重を預け、静かに語り始めた。


「今は枯れているこの井戸も、儂が若い頃は冷たい水が絶え間なく湧き出ておった。だが、いつの頃からか、雲がすっかり寄りつかなくなってのう」


 長老の言葉を聞きながら、めいはかつての村の様子を思い浮かべた。

 ---

 統括府の地方庁舎。その重厚な石門の前で、若き日の長老と村人たちが、空の椀や桶を手に雨を求めていた。


「何度も街の役所へ足を運び、雨を分けてくれと頭を下げた。だが、役人どもは門前払いじゃった。『お前たちの村など、書類には存在せん』とな」


 村人の一人が、怒りを抑えきれずに声を上げた。


「帝都じゃ毎日、『晴天率99%の理想郷』なんて宣伝してるんだろ? ふざけるなよ! あいつらが毎日晴れの中で暮らせるのは、要らなくなった熱気や湿気を、お上のバイパス管でこの村に押しつけているからじゃないか!」

 ---


 話を聞き終えためいは、拳を強く握りしめた。


「帳簿から村の名前を勝手に消しておいて、『存在しないから雨はやれない』なんて。そんな理不尽、許されるはずがありません!」


 書類の上で村を消し去り、人々が生きるために必要な雨まで奪った統括府。その仕打ちに、めいは強い怒りを覚えていた。


 長老は、ぎらつく空へ枯れ枝のような手を掲げた。


「統括府の役人は、こう言ったよ。『帝都の繁栄を守るための気象統御だ。周縁区の多少の乾燥は、計算上の許容範囲である』とな」


 長老はそこで言葉を切り、枯れ井戸へ目を向けた。


「だがのう、大昔、儂の祖父の時代には、この井戸に『奇跡の水』が宿っておった。ある気象職人が、村のために井戸の底へ何かを遺してくれたらしい」

「井戸の底か」


 蔵は鋭いまなざしで、暗い井戸の底を見つめた。


 ---

 そのとき、めいは愛用の携帯晴雨計を取り出した。


 針は危険域を大きく超え、激しく振れている。


「局所気圧、1102ヘクトパスカル! 近隣都市から排出された熱気のせいで、村の上に巨大な『乾燥高気圧のフタ』ができているわ。これじゃ、雨雲が来ても押し返されてしまう!」


「都市の連中が快適な青空を買うたびに、この村へ熱風のゴミが押しつけられていたってわけか」


 蔵は周囲を見回しながら、厚手の麻ロープを取り出した。怒りに震えるめいとは対照的に、すでに井戸の調査を始めるつもりらしい。


「怒ってても腹は膨れないぞ、めい。それより、ある気象職人が残したものが井戸の底にあるかもしれない」


 蔵はロープを井戸の木枠に取りつけられた滑車へ結びつけ、結び目を確かめた。


「暗闇と高所なら配達屋の本領発揮だ。ちょっと底をさらってくる」

「えっ、ちょっと、蔵!」


「気をつけてくだされ。底には百年分の泥と瓦礫が積もっておるのじゃ」


 長老の言葉にうなずくと、蔵は真鍮のランタンを腰に提げた。片手でロープを握り、井戸の石壁を蹴りながら、身軽に降りていく。


 めいは井戸の縁から、心配そうにその姿を見守った。


「気をつけて、蔵! 何か見つかったら、すぐ合図して!」

「了解! 大昔の遺品とやらを拝んでくる」

 ---


 蔵はロープを慎重に伝い、ようやく井戸の底へ降り立った。

 そこには、長年積もった泥と瓦礫が広がっていた。


(外の地獄みたいな熱気が嘘みたいに冷え切っている)


 外の灼熱とは正反対の、ひんやりとした空気に、蔵は思わず息をついた。


 頭上を見上げると、はるか高い位置にある井戸の開口部から、まぶしい太陽の光が差し込んでいる。その縁から、めいが心配そうに覗き込んでいた。


「蔵、大丈夫? 無事?」

「無事に到着したぞ! 底は泥と瓦礫だらけだけど、足場はしっかりしてる!」


 蔵は腰からランタンを外し、明かりを掲げた。

 光に照らされて浮かび上がったのは、普通の農村の井戸とは思えないほど、精巧で頑丈な石組みだった。


「ただの農村の井戸にしちゃ、石組みがやけに頑丈で精巧だな。大昔の職人が組んだって話は本当らしい」


 蔵は泥の上にしゃがみ込んだ。


 そのとき、前髪がかすかに揺れた。

 干上がったはずの井戸の底から、冷たい風が吹き上がっている。


「ん? 風だ。完全に干上がったはずなのに、井戸の底から冷たい微風が吹いてきてる」


 蔵は風の出どころを探り、周囲の土を掘り始めた。

 やがて、土の中から石が現れた。邪魔な石をどかすと、ランタンの光に鈍く輝く金属の角が見えた。

 真鍮のリベットで頑丈に留められた、何かの金属製の構造物だった。


(なんなんだ。何かが埋まっているぞ)


 蔵は泥を払い、さらに詳しく調べようと身を乗り出した。

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