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天気屋のお仕事~天気を売買する世界の物語~  作者: 相場 巴
第1部 第3章:空に残された傷
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第十四区画①

 青空市での出来事から数日後。

 アマギ屋の朝は、いつもと変わらぬ静けさの中で始まった。


 めいはいつものように、机に向かって業務を進めようとしていた。

 そのとき、蔵が椅子に置きっぱなしにしていた配達具から、古びた伝票が一枚落ちた。


 □□□


「開拓村・第十四区画 雨滴・規格外×2(済)」


 □□□


 めいは、ひび割れた荒れ地と、井戸端に雨瓶を置く蔵の姿を思い出した。


(あの開拓村。蔵は「売り物にならない規格外の雨を処分しただけ」って言っていたけれど……どうして、あそこまで雨が降らないの? あの地域は、本来なら……)


 めいは工房の本棚に向かい、統括府発行の分厚い『広域気象配分原簿』を両手で引き下ろした。

 机の上にドサッと置き、表紙を開く。


(……調べてみよう。あそこの正規の配分はどうなっているのか)


「数字は嘘をつかない。これを見れば、大地の水がどこへ消えたのかわかるはず……! 探してみよう」


 無数の行政区画と数字が並ぶページを、めいは一つずつ追っていった。

 そして、ついに目的の行を見つけた。


「開拓村……第十四区画……あった!」


 □□□


【第十四区画(開拓村・旧名:陽だまりの丘周辺開拓地)】

 降雨申請枠:『0(需要なし・無人指定区)』

 備考:『近隣都市の排熱晴天バイパス路に設定。余剰熱気の集積対象区域』


 □□□


「……な……需要なし……!? 無人指定区……!?」


 めいは思わず声を上げた。


「そんなはずない……! おじいちゃんが残した旧水文図には、ちゃんと地下水脈も農地も記されている……!」


 めいは棚から祖父の遺した古い地形図を取り出し、原簿の記載と照らし合わせた。

 地形図には豊かな水脈と農地が描かれ、そこに暮らす人々の営みも確かに記されていた。


「現に、あそこには人が住んでいて、トウモロコシ畑だってあったのに……! 役所の書類の上では……この村の存在そのものが、最初から『消されている』……!?」


 めいは身震いした。


 大都市の繁栄と快晴を守るために熱気を押しつけられ、村は『申請却下』『登録抹消』という冷酷な印判によって、最初から存在しなかったことにされていた。


 目の前の記録が、その事実を突きつけていた。


「それに、この変更がなされた日付……『帝国歴345年』? これって……」


 めいはペンを走らせてメモを取りながら、帳簿の端に記された変更履歴に目を留めた。

 そこに刻まれていたのは、めい自身の過去とも結びつく運命の年号だった。


 ---


 ちょうどそのとき、工房の木の扉が開いた。

 配達袋を肩にかけた蔵が戻ってくる。


「戻ったぞ、めい。何やってんだ、朝っぱらから机いっぱいに本を広げて」


「蔵、これを見て! あなたが雨を届けていた第十四区画。帳簿上では『需要なし』『無人区』扱いになっているの! 登録さえ訂正できれば、正規の降雨配分を受けられるはずよ。統括府に訂正申請を出せば――」


 めいが帳簿を差し出すと、蔵はその前に立ち、伸ばされた手を遮るように帳簿を閉じた。


「無駄だ。申請なんて出しても、受理されない」

「え? どうして……」


「お役所仕事の記載ミスなんかじゃない。あの村は、最初から『なかったこと』にされているんだ」

 散らかった机を挟み、二人は向き合った。


 めいは服の上から拳を握りしめた。それでも怯むことなく、真っ直ぐな瞳で蔵を見据える。


「一緒に行きましょう、蔵。わたし、この目で確かめたい。あの大地で、本当に何が起きているのかを」

「わかった」


 ---

 数時間後。


 アマギ屋を出た二人は、再び乾ききった第十四区画へと足を踏み入れていた。


「……すごい日差し……。風も熱気を含んでいて、肌がヒリつくわ……」


 めいの手元で、真鍮製の携帯晴雨計が激しく震えていた。

 針は1050hPaを指している。

 地上気圧としては異常な高さだ。


「こんな不自然な高気圧、自然界じゃありえないんだけど!」

 ---


 ほどなくして、二人はあの開拓村にたどり着いた。


 深く口を開けた地面の亀裂。

 枯れて垂れ下がるトウモロコシ。

 乾ききった用水路から、わずかに残った泥をすくい上げようとする村人たち。


 目の前には、目をそむけたくなるほど痛ましい光景が広がっていた。

 めいは熱を帯びたひび割れの土に膝をついた。

 怒りと悲しみで、握りしめた手が震える。


 その背後から、杖をついた村の長老が、枯れ井戸のそばへゆっくりと姿を現した。


「おや、旅のお方かい……」

「じいさん……?」

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