ふたりの休日①
朝日が差し込むアマギ屋の店先。
「ふふ〜ん♪ 今日は久しぶりの完全休業日。たまっていた観測日誌の整理でもしようかな~」
アマギ屋のドアノブには、可愛らしい「本日休業」の木札が掛かっていた。
めいは仕事用の重いエプロンを外し、普段着姿で店先の石畳を竹ぼうきで掃いていた。
上機嫌に鼻歌を歌い終えると、ほうきを立てかけ、両手を腰に当てて大きく伸びをする。
朝の澄んだ風が、頬を優しくなでた。
「いいお天気。風通しも最高だし、絶好の読書日和ね」
そんなめいのもとに、蔵がやってきた。
いつもの配達用ベストではなく、旅人風のラフなチュニック姿。
肩には妙に膨らみがあるショルダーバッグ、そして背中には空のリュックサックを担いでいる。
「蔵? 今日は休業日だよ?」
「ああ。俺も今日は配達がないからな。これから郊外の青空市に行こうと思ってるんだ」
「青空市?」
「保存食や珍しい香辛料が、市街地より安く手に入るんだ。……お前も暇なら、一緒に来るか?」
蔵は何気ないふうを装いながら、めいの顔をうかがった。
「えっ、いいの?」
「別に。荷物持ちくらいならしてやるよ」
「行く! すぐ支度するから、ちょっと待ってて!」
嬉しそうに店の中へ駆け込むめいを見送り、蔵は小さく息をついた。
(……よし。これで少しは一緒にいられるな)
もちろん、そんな本音を口にするつもりはなかった。
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緑豊かな郊外の丘に、活気あふれる青空市が広がっていた。
縞模様のテントや万国旗が風に揺れ、焼きたてパンや燻製肉、香辛料の香ばしい匂いが漂ってくる。
お出かけ用の軽やかな装いに着替えためいと、大きな背負い袋を担いだ蔵は、露店の間を歩いていた。珍しい乾燥ハーブや香辛料、色とりどりの保存食が所狭しと並んでいる。
「わぁ……! すごい活気! 街の市場では見かけない乾燥香辛料や保存用のハーブがたくさんあるわ!」
無邪気にはしゃぐめいを見て、蔵は口元を緩めた。
「仲買人を通さない直売だから、市街地の半値以下で手に入るんだ。保存用の岩塩と燻製肉は、帰りに買えばいい。まずは、あそこの焼きたて菓子屋台で腹ごしらえするぞ」
めいが甘いお菓子に目がないことを、蔵はよく知っていた。せっかくの休日なのだから、少しくらい寄り道してもいいだろう。そんなことを考えながら、蔵は菓子屋台を指さした。
菓子屋台から漂う甘い匂いに反応したのか、めいのお腹が「ぐぅ~~……」と可愛らしく鳴った。
「あ、ごめん。朝ごはん、軽めだったから……」
「正直な腹の虫だな! ほら、行くぞ。奢ってやるよ」
蔵は照れ隠しのように言うと、めいを連れて菓子屋台へ向かった。
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青空市の焼きたて菓子屋台。
蔵は店主から、焼きたての木苺カスタードパイを受け取った。
それを手で半分に割ると、少し大きめの方をめいに差し出す。
「ほらよ。焼きたての木苺カスタードパイだ。火傷すんなよ」
「わぁ……! パイ生地がサクサクで、甘酸っぱいベリーのいい香り……!」
めいはパイを両手で持ち、熱さに気をつけながら頬張った。
「おいしい!」
頬をいっぱいに膨らませ、目を細める姿は、子どものように幸せそうだった。
口元には、白いカスタードクリームがちょこんとついている。
自分のパイをかじっていた蔵は、何気なくめいに目を向けた。
無防備な笑顔に、口元のクリーム。
いつも仕事に真剣な彼女が、こんなにも無邪気に喜んでいる。
蔵の胸が、どきりと跳ねた。気づけば、耳まで赤くなっている。
慌てて顔を背け、首の後ろをぽりぽりとかきながら咳払いした。
「めい! 口元にクリームついてんぞ。小さな子どもじゃないんだぞ! ほら、次は古道具屋の並びを見に行くぞ!」
「あ、本当だ……恥ずかしい」
蔵はクリームを取ってやろうと、思わず手を伸ばしかけた。
けれど、その前にめいが自分で口元を拭いてしまう。
(……隙だらけすぎるだろ)
伸ばしかけた手を引っ込め、蔵は残りのパイをかじった。
「それを食べたら古道具屋へ行くぞ」
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めいと蔵は、古道具屋の露店へと向かった。
パイプをくゆらせる眼鏡の店主が営む店には、古い真鍮製の測候器や歯車、ガラスレンズ、天測儀などが所狭しと並んでいた。
「わぁ……! すごい! これ、全部古い測候具や観測機器の部品だわ!」
(天気オタクはこれだから……)
めいはカウンターに身を乗り出し、目を輝かせて品々を眺めていた。
蔵は呆れ半分、微笑ましさ半分といった様子で、そんな彼女を見守っている。
やがてめいは、露店の奥に置かれた、二つの文字盤を持つ美しい真鍮製の示差気圧計をそっと両手で持ち上げた。
「見て、蔵! 示差気圧計……! おじいちゃんの工房にあったものと同じ職人の刻印が入ってる! 真鍮に少し曇りはあるけれど、内部の真空ゼンマイはまだ現役で動いている……素晴らしい保存状態ね!」
若い娘でありながら、古い名器の価値を正確に見抜いためいに、店主は感心した。
「へえ、嬢ちゃん。若いのに見どころがあるね。だが、こいつは古すぎて買い手がつかなくてね。ずっと売れ残っていたんだ。その価値がわかるなら、銅貨八枚にまけてやるよ」
「おい、爺さん。俺が露店の荷物整理を手伝ってやるから、銅貨六枚にしてくれないか?」
「口の達者な兄ちゃんだ。荷物整理を手伝ってくれるなら、よし、銅貨六枚にまけてやるよ!」
蔵の交渉のおかげで、めいは気に入った品をお得に手に入れることができた。
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古道具屋を後にしためいと蔵。
めいは布に包まれた示差気圧計を宝物のように大切に抱え、満面の笑みを浮かべていた。
「最高の掘り出し物だったわ!」
「……パイを食べていたときより、ボロい機械を手に入れたときの方が嬉しそうな顔をしてるな」
蔵は呆れたようにぼやいたものの、その声にはどこか楽しげな響きがあった。
ふと、めいの歩調が少しずつ遅くなっていることに気づく。
「よし、次は風車の丘で休むぞ。風通しのいい場所があるんだ」
蔵はそう言って、めいの歩調に合わせるように歩き出した。




