虹は売り物になりません③
夕暮れの噴水広場。
その上空に、鮮やかな主虹と優美な副虹からなる、見事な二重虹が架かっていた。
息をのむほどの美しさに、広場に居合わせた人々から大歓声が沸き起こる。
「す、すげぇぇぇっ!! 本物の虹だ!! しかも、虹が二重になってるぞ――!!」
「お母さん!! 見て、見て! 空いっぱいの虹だよ――!!」
「まあ。 なんてきれいなの……。空からのお誕生日プレゼントね……」
噴水のほとりで、めいは胸に手を当て、安堵と誇らしさの入り混じった笑みを浮かべた。時計塔の街灯の上にいる蔵も、満足げに広場を見渡している。
「虹を瓶に詰めることはできなくても、みんなの心には、ちゃんと届いたわね」
「ああ。成功してよかったな」
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夕空の二重虹が、柔らかな茜色に溶け込むように薄れていく。
噴水のほとりでは、女の子がお母さんの胸に飛び込み、ぎゅっと抱きついていた。
「ありがとう……。最高の誕生日だわ」
「えへへ! めいお姉ちゃんと蔵お兄ちゃんが、空に虹を呼んでくれたの!」
その様子を見届けた蔵は、街灯の上から軽やかに石畳へと飛び降りた。アンティークのカットガラス板を抱え、首を回して疲れをほぐす。
「腕が痺れた。あんな高いところで太陽光を追うのは骨が折れるな」
「お疲れさま、蔵。あなたのプリズムがなかったら、あんなに鮮やかな二重虹にはならなかったわ。本当にありがとう」
めいがまっすぐに見つめて微笑むと、蔵は一瞬、言葉に詰まった。
やがて頬を赤らめ、そっぽを向いて頭をぽりぽりとかく。
「アマギ屋の名前で半端なものを見せて、評判を落とされたら困るからな。たまには、こんなタダ働きも悪くないか」
「ふふっ。素直じゃないんだから」
「うるせぇ」
ぶっきらぼうに返しながらも、蔵の口元にはかすかな笑みが浮かんでいた。
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めいは、夕暮れの風が吹き抜ける噴水広場で、そっと胸に手を当てた。
隣では、蔵が噴水の縁に寄りかかっている。
「天気を売るだけじゃ、届けられない景色がある。誰かの心に温かな光を灯す。それこそが、おじいちゃんが教えてくれた『天気を届ける』本当の誇りなんだわ」
めいの言葉を聞いた蔵は、何も言わずに彼女の横顔を見つめた。
夕日を受けためいの表情が、いつもより少しだけまぶしく見えた。
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夕暮れの噴水広場。
虹を見届けた子どもたちが、めいと蔵のもとへ元気いっぱいに駆け寄ってきた。
女の子は背中に何かを隠し、満面の笑みを浮かべている。
「めいお姉ちゃん! 蔵お兄ちゃん!」
「あのね……お礼があるの!」
「あら、お礼……?」
女の子はつま先立ちになり、広場の草むらで編んだ可憐なシロツメクサの花冠を、めいの頭にちょこんと乗せた。
「お母さんの誕生日に、素敵な虹を見せてくれたお礼! さっき、噴水広場の草むらで編んだの」
「シロツメクサの花冠……! なんて素敵なのかしら。ありがとう!」
めいは花冠にそっと触れ、瞳を潤ませた。胸の奥が、じんわりと温かくなる。
「こっちは蔵お兄ちゃんに! 街灯からビームを撃ったところ、すっげぇカッコよかった!!」
「な、なんだよ、これ……! 俺の顔、丸と線だけじゃないか」
子どもが一生懸命クレヨンで描いた、蔵の似顔絵だった。
蔵は絵の出来栄えに文句を言いながらも、つたないクレヨン画を丁寧に折りたたみ、大切そうに胸の配達ポーチへしまい込んだ。
「せっかくの報酬だ。配達伝票と一緒に保管するよ」
「ふふっ。最高の正規代金をいただいちゃったわね」
「うるせぇ、笑うな、めい」
そう言いながらも、蔵はポーチの上から、しまった絵をそっと押さえていた。
その仕草に気づいためいは、思わず頬を緩める。
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空はすっかり暗くなっていた。
めいと蔵は、噴水広場から立ち去ろうとしていた。
「さあ、工房に戻って明日の仕込みをしなきゃ。『夕立』の注文が入ってたでしょう?」
「はいはい、付き合いますよ」
「ふふっ、頼りにしてるわ」
めいが微笑むと、蔵は照れ隠しのように視線をそらした。
「……足元、暗いから気をつけろよ」
その時、
二人の背後、誰もいなくなった噴水から微細な共鳴音が響く。蔵が立ち止まって振り返り、めいも不思議そうに視線を向ける。
コポリ……
ポツン……
キィィン……
「ん? おい、何の音だ?」
「噴水から、光が……?」
噴水の縁まで戻り、水面を覗き込む二人。
虹の調合試薬と残留マナが水底に沈殿しながら、規則正しく光の粒を紡ぎ始める光景を間近で目撃する。
「水底に何か沈んでんのか?」
「これ、光の粒が、規則正しく並んでるわ……!」
「なんだこの模様? 星座か、魔方陣か……!?」
「こんな幾何学模様、どの教本にも載ってない、まるで、空と大地が呼吸してるみたいな……」
ふたりは不思議に思いながらも、アマギ屋へと帰っていった。




