虹は売り物になりません①
穏やかな初夏の朝。
アマギ屋の窓際には、真鍮の台座に置かれたカット結晶『虹彩結晶』が飾られていた。結晶を通り抜けた光は七色に分かれ、木目の床や棚に並ぶ気象小瓶の上で、きらきらと踊っている。
「ふふ、今日もお日様のご機嫌は上々。空気も澄んでいるし、いい調合ができそう!」
作業エプロン姿のめいは、鼻歌を歌いながらハタキを動かし、カウンターの気象計やフラスコを丁寧に手入れしていた。
窓の外では、近所の子どもたち三人組が、店内の床に映る虹色の光に夢中になっていた。目を丸くし、窓ガラスに顔をぺたりと押しつけている。
そのとき、ドアベルが元気よく鳴った。
カランコロン。
扉が開くと、小さなブーツの足音を響かせながら、三人の子どもたちがカウンターへ駆け込んできた。
「いらっしゃい! レオ君にニーナちゃん、ポコ君も。朝早くからどうしたの?」
「めいのお姉ちゃん、お願いがあるんだ!」
レオが身を乗り出すと、ニーナも大事そうに抱えていた小さな巾着袋を取り出した。袋の中には、三人で貯めた銅貨がぎっしり詰まっている。
「これ見て! みんなでお小遣いを出し合って、貯めてきたの」
ニーナは巾着袋を両手で差し出した。
「あたしたちに、虹を売ってください!」
「えっ、虹?」
めいが目を丸くすると、レオは窓辺の虹彩結晶を指さした。
「あの結晶から出ているみたいな、七色の虹を瓶に詰めてほしいんだ!」
「瓶詰めの虹を買って、部屋に飾りたいの。毎日お手伝いして、お金を貯めたんだよ!」
「部屋の天井に虹を飾りたいんだ。めいお姉ちゃん、頼むよ!」
三人の目は期待で輝いていた。
めいは一人ずつ顔を見つめ、それから巾着袋に目を落とした。小さな手で大切に握られた袋を見て、三人がどれほど楽しみにしていたのかが伝わってくる。
「みんな、一生懸命お金を貯めてくれたのね。その気持ちは、とってもうれしいわ」
めいは優しく微笑んだ。
「でもね、残念だけど、虹は雨や風のように瓶に詰めて売ることができないの」
「どうして?」
ニーナが不思議そうに首をかしげた。
「虹はね、空に浮かんでいるものをそのまま取り出せるわけじゃないの。空気の中にある小さな水滴に太陽の光が当たって、その光が曲がり、七色に分かれることで見えるのよ」
めいは窓の外を指さしながら、できるだけ分かりやすく説明した。
「つまり、虹は水滴と太陽の光がそろって、初めて見えるものなの。瓶の中に入れて持ち運ぶことはできないのよ」
しかし、子どもたちは納得できない様子だった。
「でも、統括府の結晶ショップには『晴れ』も『雪』も売っているのに、どうして『虹』は売っていないの?」
「帝都の偉い大人たちは、お金を払えばどんな空でも買えるって言ってたよ!」
レオが不満そうに口をとがらせる。
めいは困ったように笑った。
「統括府の機械でも、空のすべてを思いどおりにできるわけじゃないのよ。虹はね、太陽の光と水滴が出会ったときに生まれるものだから」
(うっ、そんなに悲しそうな顔をされたら、天気屋として何とかしてあげたくなっちゃうじゃない)
カウンターの上で、ニーナは震える手で銅貨を巾着袋に戻し始めた。
「ぐすっ……。お母さんのお誕生日に、見せてあげたかったのにな」
ニーナは鼻をすすった。レオは涙をこらえ、無理に笑おうとしている。ポコも肩を落とし、二人の隣でうつむいていた。
「仕方ないよな。めいお姉ちゃんが無理だって言うなら、どうしようもないもん」
レオはそう言うと、ニーナとポコを連れて店の出口へ向かった。
「ありがとう、めいお姉ちゃん。また来るよ」
寂しげなドアベルの音が店内に響く。
めいは引き止めようと口を開いたものの、かける言葉が見つからなかった。三人の小さな背中が遠ざかっていくのを、ただ見送るしかなかった。
やがて、子どもたちの姿が通りの向こうへ消えた。
めいは出窓に手をつき、胸の奥が痛むのを感じながら、しばらくその場に立っていた。
ふと顔を上げると、初夏の陽光に照らされた街のシンボル、噴水広場が目に入った。
噴水から水しぶきが高く舞い上がり、太陽の光を受けてきらきらと輝いている。
「お母さんのお誕生日に、虹を見せてあげたかったんだ」
めいは、先ほどの子どもたちの言葉を思い返した。
「あんなに一生懸命お願いされたのに、何もできないなんて」
噴水から舞い上がる水しぶき。そこに降り注ぐ太陽の光。
その光景を見た瞬間、めいの頭にひとつのアイデアが浮かんだ。
「そうか!」
めいは窓辺から身を乗り出し、噴水を見つめた。
「瓶に詰めて売り物にすることはできなくても、空に本物の虹を架けて、見せてあげることならできるんじゃない?」
めいの目に、さっきまでとは違う輝きが戻った。
「よし。天気屋にしかできない方法を考えてみよう!」




