洗濯日和、予約済み③
一仕事を終え、満足げに石畳を歩くめいと蔵。
しかし、頭上を突如として不気味な暗雲が覆い、足元の石畳に大粒の雨がぽつぽつと落ちてきた。
「あれっ……? 空が急に暗く……!?」
「青嵐堂の広域高気圧の端に、気圧の乱れが出たのか……? まずい、ここに雨雲が流れ込んでくるぞ!」
二人が走り出すと、すぐにザバァァァッ!
と叩きつけるような豪雨が降り始めた。
「こっちだ、めい! 軒下に入るぞ!」
蔵は咄嗟にめいの手を取って引き寄せ、古いレンガ造りの建物の軒下へ駆け込んだ。
屋根の端から滝のように雨が流れ落ち、激しい雨音が街に響き渡る。
その一方、軒下に並んで立つ二人の間には、雨音に包まれた静かな時間が流れていた。
息を整えるめいの隣で、蔵は髪や肩についた水滴を払った。
「軒下に入れてよかった。しばらく雨宿りしましょう」
「まったく、他人の作った天気の尻拭いは面倒だな」
めいは濡れた髪の先を指でつまみ、水滴を落とした。
「あはは、ちょっと濡れちゃった。でも、洗濯屋さんのシーツを干し終えた後で、本当によかった」
「……ああ……」
走って火照った頬。首筋やまつげにきらめく水滴。
無防備なめいの姿に、蔵は思わず息をのんだ。
慌てて視線をそらしたものの、頬がほんのり赤くなっている。
---
雨宿りを始めてしばらくすると、冷たい風が吹き込み、めいは寒そうに身を縮めた。
「くしゅんっ。ちょっと風が冷たくなってきたかも……」
蔵はめいのくしゃみを聞くと、おもむろに自分のジャケットを脱ぎ、彼女の肩にかけた。
「これでも羽織っておけ」
めいは、蔵のジャケットの襟元をぎゅっと握りしめた。
風と革の匂いに包まれ、頬がぽかぽかと赤らむ。
隣では蔵がそっぽを向き、腕を組んでいた。
耳まで真っ赤なのは、冷たい雨風のせいだけではなさそうだった。
「勘違いすんなよ。アマギ屋の店長のお前が風邪をひいて寝込んだら、営業ができないだろう? 俺の給料が減るから、さ」
「うん。蔵の上着……すごく温かい」
めいはジャケットに頬を寄せ、蔵の不器用な優しさを感じながら、嬉しそうに目を細めた。
「素直じゃないんだから。ありがとう、蔵」
「……ああ」
照れくさそうに返事をする蔵を見て、めいは小さく笑った。
「早く雨が止まないかな」
そうつぶやく蔵の横顔を、めいはそっと見上げた。
雨音の響く軒下で、二人のぎこちなくも温かな時間が過ぎていった。
---
やがて雨雲が流れ去り、空には美しい虹がアーチを描いた。
「雨が止んで、気温も上がったな。めい、俺の上着返せよ」
「ちゃんと工房で乾かしてからお返しします!」
めいはジャケットを抱え、にこりと笑った。
二人は足取りも軽やかにアマギ屋へ戻った。
工房の暖炉のそばでは、濡れた蔵のジャケットが干されている。
その横で蔵は、洗濯屋の店主から受け取った銀貨の山を満足げに積み上げていた。
「特急料金に撥水エプロン付きだ。文句なしの大成功だったな。これはめいの取り分な」
「ありがとう、蔵。成功してよかったわ」
めいは銀貨を受け取り、ほっと胸をなで下ろした。
本日の業務を帳簿に記録しようと、めいは作業台に古い『東街区微気流図』と総括府の公式路線図を広げた。
二枚を見比べていためいは、ふとペン先を止める。
古い地図には、今日使った路地の風の抜け道が細い線で記されていた。
しかし、公式路線図にはその道が存在しない。
(あれ? おかしいわ。青嵐堂の高気圧を避けるように、巧妙に計算された風の通り道……。どうして総括府の地図には載っていないの? 一体、誰がこの道を記したのかしら……?)
めいは古い地図をじっと見つめた。
「隠された大気の抜け道」の正体が気になりながらも、今日の業務を終えた。




