真相と大悪と修羅――6
わたしは言葉を失う。
わたしはご先祖様と――『聖女』マリー様と同じ能力、『聖母の加護』を有している。また、わたしの容姿はマリー様と瓜二つだ。人々のなかには、わたしを『「聖女」の生まれ変わり』と呼ぶ方もいる。
魔王の魂はマリー様の力で封印されている。たしかに、マリー様の血を濃く継いだわたしを利用すれば、封印を解けるかもしれない。
「きみには命と体を捧げてもらいます! きみの命をもって『聖女』の封印を解き、きみの体に魔王様の魂を受肉させる! 喜ばしいことでしょう、セシリアさん? きみは魔王になれるのですから!」
ベルモット准教授が笑う。壊れたように、狂ったように笑う。
ベルモット准教授が哄笑するなか、わたしは呟いた。
「――させない」
「あ?」
ベルモット准教授の笑いが止まった。
わたしは右腕を思いきり引く。
枷が手首に食い込み、痛みが走る。
構わない。
わたしは左腕を思い切り引く。
ブツリ、と肌が裂け、血が滴る。
構わない。
なおもわたしは足掻く。
そのたびに、両手両脚が傷ついていく。
それでも構わない。
「枷を引きちぎろうとしているのですか?」
ベルモット准教授が嘆息した。心底からわたしをバカにするような目をしていた。
「無駄なことを。その枷は、エリュ教授に作らせた、魔力と魂力を封じる特製品です。引きちぎることなどできるはずがありません。どう足掻いても、きみには逃れる
術がないのですよ」
わかっている。
魂力は練られないし、魔力も生成できない。
武技は使えないし、『聖母の加護』も発動しない。
わかっている。
このまま足掻いても、傷つくだけだということくらい、わかりきっている。
それでもやめない。
歯を食いしばり、痛みに耐え、足掻く、足掻く、足掻く。
「醜いですね。そんなにも命が惜しいのですか?」
ベルモット准教授がわたしを嘲笑した。
わたしは答える。
「どれだけ醜かろうと構いません。最後まで足掻きます。魔王の復活なんてさせません」
ベルモット准教授が顔をしかめた。
「これだから人間は……自分たちの平和に執着し、魔族の排斥に躍起になる。傲慢で残虐なクズですね」
「たしかに、人間は傲慢かもしれません。残虐かもしれません。ベルモット准教授の友人を、わたしは擁護できません」
ですが、
「世界中の人間がそうではない」
「あぁ?」
ベルモット准教授の顔が苛立たしげに歪む。
「あなたが復讐したい気持ちは理解できます。ですが、なんの関係もない人間を巻きこんでいいはずがありません! あなたがしているのは八つ当たりです!」
ベルモット准教授が歯を軋らせる。こめかみには青筋が浮かんでいた。
「魔王は復活させません! いくらでも足掻きます! この世界の平和を脅かすなんて、絶対に許さない!」
だって!
「この世界の平和は! ご先祖様が! ご先祖様の仲間が! ――イサム様が!! 命懸けで築いたものなんですから!!」
「黙って聞いていれば……!!」
ベルモット准教授が激昂し、わたしの首をつかんできた。わたしの喉から呻き声が絞り出される。
「べらべらべらべらべらべらと戯れ言を!! 自分の立場がわかっていないようですね!!」
ギリギリと首を絞められて、息苦しさと目眩に襲われる。
「手荒い真似はしたくありませんでしたが、おとなしくしてもらうには仕方がない! 生意気な小娘には躾が必要ですからねぇ!!」
ベルモット准教授が拳を握り、振り上げる。
苦痛と恐怖のなか、それでもわたしは目を逸らさず、ベルモット准教授を睨み付けた。
絶対に屈しない! ボロボロになっても抗ってみせます!!
剣の嘶きが聞こえた。
硬く鋭い、斬音。
剣の嘶きは、出入り口の扉から聞こえた。
ベルモット准教授が振り返る。
出入り口の扉には、斜めに斬痕が走っていた。
扉の上半分がゆっくりと床に落ちた。下半分をまたぎ、ひとりの青年が研究室に入ってくる。
ベルモット准教授に首をつかまれたまま、わたしは掠れた声で青年の名を呼んだ。
「イサム……様……」




