ローリスの訪問2
それにレオンハルトが気づかない訳は無く、慇懃な態度で礼を取ると、
「公爵閣下、お待たせして申し訳ございません」
と挨拶する。続いてルツィアが、
「イルトゥース公爵閣下におられましては、ご機嫌麗しく」
と制服のスカートをつまんでお辞儀した。
次はユーナの番なのだが、ユーナの制服はスラックスなので、女性の挨拶が出来ない。侯爵家の子女であるユーナは本来なら貴族風に礼を取るべきだが、こういう場合は、略式で挨拶することが許されている。
「イルトゥース公爵閣下、略式のご挨拶になりますこと、ご容赦くださいませ」
ユーナは胸に手のひらを当てて会釈する。
「ええ、構いません」とローリス。
いつも微笑みをたたえている彼女とは別人と思えるほどその表情は硬い。ユーナは、ローリスの用事がかなり重い物だと察した。
「ねえ、あたし達、外そうか?」
小声でこの場から居なくなることを提案する。部外者が居ない方が腹を割って話すこともできるだろうという、ユーナなりの配慮のつもりだった。
「いや、君にも同席してもらおう。おそらく、公爵閣下のご用件は君にも関係することだろうから」
「あんたがそう言うなら」
長ソファに座るローリスに向かい合うように置かれた二つの一人用ソファにレオンハルトとルツィアが座り、その隣のソファにユーナ、ランティエが座る。
メイドが紅茶を運んできてテーブルに並べ、出ていったのを見計らって、「今日は、どのようなご用ですか?」とレオンハルトが切り出した。
「思いとどまるつもりはありますか?」
開口一番のローリスの言葉がそれだった。それだけで、その場の全員が意味を理解した。
しかし、どうやってローリスが知ったのか。おそらく、独自の情報網と推理を用いてのことだろう。ユーナには想像もつかないことだ。
「いいえ。そのつもりはありません」
レオンハルトははっきりと答えた。
「そう答えるとは思っていました。ですが、それは妹と許嫁を、自分のわがままのために危険に晒すということですよ?」
「お言葉ですが、わがままではありません。これはリッツジェルドの矜持なのですから」
「それを殿方のわがままと言うのです」
「そうかもしれません。しかし、曲げるつもりはありません」
レオンハルトの答えに迷いはない。
「ルツィアさんは、それで良いのですか?」
「わたしは兄に従います」
「ユーナさんは?」
「あたしは……」ユーナは少し言いよどむが、意を決して言う。
「許嫁云々というのは置いておくとして、普段、人を頼らないこの男が頼んできたのだから、それに応える価値はあると思っています」
ローリスは、ふっと肩の力を抜き、いつもの笑みを口元に浮かべる。
「判りました。では、わたくしから申し上げることは、もうありません」
「ご理解いただき、ありがとうございます」とレオンハルト。
ローリスは頷いてから、ルツィアを見て、それからユーナを見た。
「ユーナさん、ルツィアさん。今回の呪猟はお二人にとって試練となるかも知れません。心しておいてください」
「覚悟しておきます」とルツィア。
「はい」とユーナは答えたが、ローリスの言葉の真意を汲み取ることは出来なかった。
「わたくしがお手伝いできれば良かったのですけど……」
ローリスは表情を少し曇らせる。
「確かにあなたに助けていただけるなら、望外の喜びです。だが、それではわたしの活躍の場がなくなる」
レオンハルトは不敵に微笑む。
格好つけてる場合じゃないだろうにと、ユーナは思った。このシチュエーションで、こういう台詞を吐ける感覚が、ユーナには判らなかった。




