墓地にて
『死を覚えよ』と、古代の人は言ったそうだ。
人間の死というものは、突然やって来る。
予兆がある場合もあるが、生者はなかなかそれを認識できない。その人はいつまでも生きていて、いつまでもそこに居る。そんな錯覚に囚われて日々を過ごしている。そして、気付いた時には、その人はもうこの世にはいないのだ。
そうして改めて認識する。
死は、いつも身近に存在していると。
ユーナは、冷たい雨がしとしとと降るさなか、喪服を着てある人物の葬式に参列していた。
司祭の祈りの言葉が世界を支配しているかのように述べられていく。彼の目の前には大きな穴と、そこに納められた棺がある。
棺を取り囲むようにして、10人以上の黒服の男女が意気消沈した面持ちで佇む。ユーナはそこから一歩退いた位置にいた。
亡くなったのは、ヴァン・リッツジェルドという男性だった。まだ若く30代だったそうだ。
ユーナとヴァンの面識は、1、2度会ったことがある程度のものだった。そんな知り合い程度の人物の葬式に参列したのは、『家の事情』というのもあるが、ヴァンがレオンハルトとルツィアの叔父にあたる人物だったからだ。
「……この者に安息を与えたまえ。ラークトゥスよ、この者を冥府へ正しく導きたまえ。デイクリアスよ、冥府にあってもこの者が永遠の光に照らされるように」
司祭の声が響く中、参列者たちが、穴の中の棺に花を投げ込む。それから、一握の土も。
それが終わると、どんどんと棺に土がかけられていく。参列者たちは、それを見届けることなく、三々五々に散っていった。
ユーナはルツィアに会うために残っていた。
すると、ずんずんと勢いよくこちらに向かってくる2つの影に気付いた。男が女性の手を引っ張っている。レオンハルトとルツィアだった。
「えと、この度はご愁傷さまで……」
ユーナが言い終えるよりも早く、レオンハルトがユーナの右手首をがしっと掴む。レオンハルトがそのまま止まりもせずに歩き続けたので、ユーナは半ば引き摺られる形になった。
「なっ、ちょっとなに? なんのつもり?」
問いかけてもレオンハルトは答えない。同じように引っ張られているルツィアに視線を向けると、苦笑いが返ってくる。
「少し付き合ってもらえる?」
と申し訳なさそうにルツィアは言った。
仕方なく従うようにして歩いていると、馬車が停まっている広場まで来た。
リーズ家の馬車の近くで待っていたランティエがユーナに気付く。レオンハルトに捕まっている様子が普通ではないと見て取ったランティエは走って近づいてきた。
「レオンハルト・リッツジェルド伯爵閣下! ユナマリア様をどこにお連れするおつもりか?」とランティエはレオンハルトを呼び止める。
ようやくレオンハルトは立ち止まり、追いかけて来たランティエをくるりと振り向いた。
「これはちょうど良い。ランティエ殿、あなたにもお付き合い願おう」
それだけを言うと、レオンハルトはまた歩き始める。
詳しい経緯を知らないまま(もちろん、ユーナもルツィアも知らないが)、ランティエが一行に加わった。
「さあ、乗ってくれ給え」
レオンハルトが手をさしのべ、ユーナに馬車に乗るよう促す。その手を取って馬車の階段を上がるのが女性としての礼儀。
ユーナは言われるがままなのも癪なので、手を取る前に、じっと見返した。レオンハルトは「道すがら説明する」とだけ答えた。
「必ずよ?」
ユーナはレオンハルトの手を取った。
次にルツィアが乗り込む。
「私は後ろに乗れば良いですか?」ランティエが言っているのは、馬車の後部にある召し使い用の座席のことだ。
「いや、ランティエ殿。あなたにも中に乗っていただこう」
「判りました」
そうしてランティエが乗り込み、最後にレオンハルトが続いた。
ユーナとランティエが隣同士、ユーナの目の前にはルツィアという並び位置。
レオンハルトが馬車の壁を叩くと、馭者が馬車を動かし始める。
それを見計らって、「さて、話してくれるんでしょうね? こんな拉致みたいな真似までしてくれたんだから!」とユーナは怒り混じりに詰め寄る。
対するレオンハルトは、「それについては謝罪する。ああでもしないと、従ってくれるとは思えなかったのでね」と珍しく素直に謝った。
「あんなことしなくても、ちゃんと説明してくれれば良いのよ」
「人に聞かれるのが好ましい話ではないのだ」
「だから、馬車の中で密談というわけですか」とランティエ。
レオンハルトは頷きを返した。
「それで、話ってなんなのよ」
「それなんだが……」とレオンハルトは言いよどむ。
いつもなら、はきはき、ずけずけ、言いたいことを言いたいように言い続ける男が言葉を選んで沈黙している。




