単位と『自分の赤』
「〈偏向発現〉は、術士のアストラル体に悪影響を及ぼすと言われています」とアンナ。
アストラル体。つまり、魂とほぼ同義の存在。
「えぇっ⁈ もう使っちゃったんだけどっ!」
「使いすぎれば、と言う意味よ。1回や2回くらいでどうにかなるようなことはないから」
とルツィアが説明を追加する。
ユーナは、思い切り息を吐いて安堵した。
「その悪影響というのは、どういうものなんですか?」
何故か不安げな面持ちのクリスが訊いた。
ほとんどの動物は、アストラル体、エーテル体、マテリアル体が重なった存在である。アストラル体は意志と感情を司り、エーテル体は時間とエネルギー、マテリアル体は物質と運動を司る。アストラル体に影響があるということは、意志と感情に影響が出ることになる。そして、エーテル体とマテリアル体を通じて、影響が表に現れる。
「無意志、無感情になっていくと言われているわね」とルツィアが答える。
「それを『アストラル体が磨り減る』と表現します」とローリス。
二人の言葉は、ユーナをびびらせるには十分な効果があった。
「あたし、ほんとに大丈夫なの?」
ユーナは泣きそうな顔になる。
「それだけ感情を表に出せるのですから、大丈夫ですよ」
アンナがフォローになっているのかよく判らないフォローを入れてくれた。
「何が言いたいのかというと、」とローリスは説明を始める。「使いすぎるのは良くないと言うことです。『血の赤』が使用禁止になっているのは、これが理由です」
「でも、まあ、いざという時の奥の手として考えるのはアリなのかも」
ルツィアが冗談半分のつもりで言った。しかし、
「駄目ですよ、そう言うことは」
とローリスにたしなめられる。
ルツィアは「すみません」と謝ったが、あまり反省している様子ではなかった。
ユーナはというと、ルツィアの意見も一理あると考えていた。本当にどうしようもなくなった時の策として取っておくことは出来る。ただ、精神が磨り減るというのは、恐怖を感じない訳にはいかない。本当の本当に、最後の手段にすべきなのだろう。
ということにしておこう、とユーナは結論づけた。
「駄目ですよ、ユーナさん」
どうしてか、ローリスに見透かされてしまう。そんなに表情に出ていたのだろうか。そう思ってユーナは両の頬を手のひらで揉んだ。
そんなわけで、ユーナの『異質の赤』発見の功績は露と消えた。『血の赤』は使用禁止と言われてしまっては、致し方なかった。
『赤色探し』に取り組むのも、この辺りが限度だろう。
やれるだけのことはやった。というのがユーナの思いだった。ある意味、金鷲旗争奪戦で燃え尽きた感がある。
幸い、成果は出ている。クリスの『自分の赤』の発見がそうだ。チームとして、ディトーの要望には応えることができている。
リッツジェルド兄妹のことだから、ユーナ達以上の結果を挙げている可能性は高い。しかし、そうだったとしても、ディトーには甘んじてもらうしかない、とユーナは思った。
教官棟を訪れてディトーにそのことを告げると、意外にあっさりと受け入れてくれた。
いやに素直だな。と思って、訝しみの視線を送ってみると、ディトーはにんまりと笑った。
「エイディオルは、駄目だったそうだ」
「は?」
ディトーの言う意味がすぐに飲み込めない。
「リッツジェルド兄妹は成果を上げられなかったと言うことだ」
「そうなんですか?」
意外を通り越して、あり得ないといった感じだ。あのリッツジェルド(兄)が失敗するなんて。珍しいこともあるものだ。
『赤色探し』は、赤色師の位階を決めるための代理競走。勝ち負けがある。つまり、今回はユーナ達がリッツジェルド兄妹を上回ったことになる。
だが、ユーナは手放しに喜ぶことは出来なかった。理由は2つある。
1つ目。実際の手柄は、『自分の赤』を手に入れたクリスにある。ユーナが見つけたわけではない。
2つ目。ルツィアになんだか申し訳ないという気持ちがあった。『赤色探し』で知り合った彼女とは、今後も仲良くしていきたいと思っていた。
そんなことを考えているユーナをそっちのけにして、ディトーは嬉しさを隠しきれずにいた。
くっくっくっと喉を鳴らして、勝ち誇ったように笑う。無理もない。クヴァルティス帝国における赤色師の最高位、『神前に跪く者』の称号を得たのだから。
「おめでとうございます」
とりあえず、賛辞を述べておく。
「お前たちのお陰だ。心から礼を言うよ」
ディトーの瞳を覗き込むと、その言葉に裏は無いようだった。
「まあ、あたし達も単位貰えますから、どちらにも良かったってことで」
ユーナは当然の如くそう言った。
「それなんだがな……」
ディトーは残念そうな顔。
いやな予感しかしない。ユーナはごくりと喉を鳴らした。
「単位は『自分の赤』を見つけた奴にしか与えることは出来ないんだ」
「それって、あたしは貰えないってこと、ですか?」
「そう言うことだ」
ディトーは気まずそうに言った。
「じゃあ、今までの苦労も報われないってことですか?」
「そう言うことだ」
ディトーは今度は目を瞑って平静を装う。
ユーナは黙り込んだ。
「ユーナさん……」
クリスは申し訳ないというよりは、ユーナを心配しているようだった。
「なんとなく、そんな気はしてたんだ。いくら2人で1チームだからって、2人とも貰えるほど甘くないよね」
あははは、と乾いた笑いをこぼす。
「す、すまんな」
ユーナの反撃を恐れていたディトーは肩透かしを食らって気の抜けた謝罪をした。
「マア、イイデスケド」
ユーナは深いため息をついた。
ちなみに、金鷲旗争奪戦は、ローリス・イルトゥースとレオンハルト・リッツジェルドで決勝戦が行われ、ローリスが勝利した。
高等生の出る幕が全く無かったのは、高等生が不甲斐ないのか、今の中等生がすごいのか。おそらく後者であろうとは、街の人びとのもっぱらの噂だった。
赤色魔術 了




