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ティレリエン・メア 〜学館の陽は暮れて〜  作者: 西羅晴彦
赤色魔術
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血の赤

 お風呂から上がると、用意されていたのは、呪闘士専攻生用の制服だった。おそらく、ローリスのものだ。

「ユーナ様の制服はただいま急ぎ洗濯と修繕をしておりますので、しばらくお待ちください」とメイド。

 ユーナは着るのをためらった。同じ貸してもらうなら私服の方が良い。そのことをメイドに伝えると、

「ぜひ、こちらの制服に袖を通して欲しい、とのわが主からのご依頼です」

 と強い口調で言われた。

 裏に何かあるのだろうとは思いつつ、他ならぬローリスのお願いとあっては拒むわけにもいかず、仕方なく従うことにした。身につけた制服は胸の辺りが少し余裕があった。そして、下はスカートだった。ユーナはスラックス派なので、足がすーすーするのはなかなか慣れない。

 呪闘士専攻生の制服を身につけることには、もう一つ問題があった。


 呪闘士専攻生の制服と呪猟士専攻生では、シルエットは同じだが、使われている色が違う。呪闘士用は青を基調にしているのに対し、呪猟士用は緑が基調となっている。

 つまり、呪猟士ツァウベル・イェーガー専攻のユーナが呪闘士ツァウベル・シュトライター専攻用の制服を着ていれば、ユーナを見る人は彼女を呪闘士専攻と間違えるだろう。

 ユーナはそれが嫌だった。それでなくとも、緋剣の所持を許されて準呪闘士扱いの立場なのだ。これ以上、呪闘士に近づきたくないのだ。

 ユーナが呪闘士を敬遠するのは訳がある。

 呪闘士は基本的に兵士であるために、人殺しが生業となる。ユーナにはそれが許せなかったのだ。だったら逆に魔物なら殺して良いのか? という反論もあるだろうが、少なくとも呪猟士は、人間に危害を加えたか、その可能性のある魔物しか呪猟の対象としない。

 人間という種族が、自分たちの存続をかけて他種族と戦うことと、同じ人間同士が命を取り合う戦いとでは意味合いがまるで違う。

 殺すことに変わりはない、命はみな平等だと言われれば、返す言葉もないのだが。

 それはともかく。


 服が乾くまでの間、ユーナ達はローリスと歓談することになった。

 応接間に通され、クリスとアンナと一緒に長いソファに座る。

 まずは、お礼を言う。

「お風呂、ありがとうございました」

「お粗末様でした」

 メイドが飲み物を運んでくる。紅茶だった。どうやら、ローリスは、紅茶党のようだった。

 勧められたので、それを口に含む。ちょっと甘味がある。

 そこからはいくつかの話題で会話が続いた。『幽体捕獲』のこと、銀鷲旗争奪戦入賞のこと。どちらの場合もレオンハルトが競争相手になったことを話すと、

「兄がいつもご迷惑をおかけしてすみません」

 とルツィアが苦笑いした。

「そ、それほど迷惑だった訳でもないんだけどね。助けてくれることもあったし」

「そうだと良いんだけど。兄はあの通り、我が道を行く人ですから、周囲を見ていないことが多くて……」

「……まあ、それは否定しない」

「その猪突猛進なところは、彼の美点でもありますよ」とローリス。

 ユーナとルツィアは目を大きく見開いてローリスを見た。ローリスの度量の深さを垣間見た気がして、驚いたのだ。

「あのお方の知識の深さは、敬意を払うに値します」とアンナ。

「そういうところをひっくるめて、素晴らしい人だと思います」とクリス。

「……」

 ルツィアが沈黙したままクリスを見た。


「話は変わりますけど、ユーナさん、それからルツィアさん。お二人の『赤色探し(ロート・ズッヘ)』の進み具合は、いかがですか?」

 ユーナは吹きそうになった。極秘という訳では無いが、あまり人に知られたくはない話だ。

「どうしてそれを?」

「赤色おばさんから聞きました」

「あのおばさん、どういうつもり……?」

 ユーナはローリスに聞こえないよう、一人ごちる。確かに口止めはされていないが、伝説の課題である『赤色探し』は術士の間では公然の秘密として通っている。まして誰がそれに取り組んでいるかなんていう情報は公になるはずがない。

 ルツィアとレオンハルトが漏らしたとは思えない。


 とりあえず、ごまかしは利かないと察したユーナは、そのまま会話を進めることにした。

「ちょっと行き詰まっていたんですけど、さっきの試合で光明が見えたというところです」

「わたしの方はまだ、見つかっていません」とルツィア。

「そうですか」

 ローリスは少し残念そうに答えてから、「ユーナさんの光明というのは、『異質の赤』のことですね。実はユーナさんとお話したいことの一つが、それなのです」

 ユーナは頷きを返しつつ、ローリスの知識の広さに舌を巻いた。

「ユーナさんは、自分の『異質の赤』は『血の赤』だと思っているでしょう?」

「はい、そうですけど……?」

「残念ながら、そういうことではないのです」

「どういうことですか?」

「『血の赤』は、術士の誰にとっても『異質の赤』なのです」

「え?」

 ユーナは正面に座るローリスを見る。

 そこにルツィアが口を挟む。「さらに言うと、『血の赤』の使用はクヴァルティスでは禁止されてるわ」

「え?」

 今度は隣に座るルツィアを見る。

 二人の言っていることが、今ひとつ飲み込めなかった。

「つまり、こういうことです」と事情を知っているアンナがまとめる。


 一般的に『異質の赤』は『自分の赤』に含まれるとされている。そして『自分の赤』は、術士によって違っており、同じ赤色でも術士によって持力増幅は起こらないことがある。これと同じことが『異質の赤』にも当てはまり、同じ赤色でも術士によっては〈偏向発現〉は起こらないとされている。

 ところが『血の赤』に限っては、その原則が当てはまらず、術士の誰であっても〈偏向発現〉が発生する。

 というのが、ローリスの発言の意味。そして、ルツィアが言ったのは、そのままの意味なのだが、禁止されているのにはそれなりの理由がある。


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