対ローリス・イルトゥース戦1
ユーナは装備の確認を終えてから、試合場に足を踏み入れた。
真ん中で待っていると、ゆったりと優雅な足取りでローリスが姿を現した。
「ローリス様……」
「ユーナ・オーシェさんですね。またの名をユナマリア・リーズさん」
ローリスは悪戯っぽく、くすっと笑う。
彼女は緋剣を所持していなかった。完全な無手である。
そう言えば前の試合でも何も持っていなかった。
「あの」
「気にせず、全力で来て下さい。わたくしも全力でお相手します」
その言葉には、ぞくりとするものがあった。実力者の凄味を見せられた気がして、ユーナはごくりと喉を鳴らした。
「……判りました。全力で行きます。よろしくお願いします」
ちょうどその時、試合開始の合図が聞こえた。
と同時にユーナは走り出し、レイピアでローリスの胸元の赤い目印を突く。
レイピアの動きが緩慢になった、と手元で感じた時には、その剣先はローリスの手前で止まっていた。風壁の一種に違いない。
ユーナはレイピアを引き戻し、もう一撃。これも同じように防がれた。
ローリスは身動き一つしていない。
それでも構わず、ユーナは攻撃を続けた。胸元だけではなく、肩、腕、足など、様々な部位を狙う。ローリスが攻撃に転じる時間を与えないようにする為だ。一瞬でも隙があれば、おそらく鎌鼬がユーナを襲うことになる。
しかし、それは考えが甘かった。
前触れもなく、ローリスが右手を振り上げ、無造作に振り下ろした。
ユーナは瞬時にその意味を察し、剣を振る手を止め、「Mrum!」と叫ぶ。目前で小さなつむじ風が現れて消えた。
ムルムの風壁が、ローリスの起こした風と相殺した結果、発生した事象だった。
そのつむじ風が幾つも幾つもユーナの周囲に発生する。一度に5〜6個といったところか。それがどんどんと増えていき、行動を制限される。
ムルムが耐えられるか、不安になってくる。ムルムが同時に作ることができる風壁には限界があるからだ。
「その風は、『幽体捕獲』で得た力ですね。そう、『風の好戦性精霊』ですか。でも、位階は低いのですね」
ローリスは一人納得する。
「どうして、それを?」
言い当てられたユーナは驚いた。『幽体捕獲』の結果、ユーナが水晶術を身に付けたことは、ローリスが知っていて当然のことだ。ローリスの導きがあったからこそ、ユーナは『幽体捕獲』に合格できたのだから。
だが、ユーナが得た力がなんであるかは、ローリスが知っているはずがない。
「それは、いろいろと事情があるのです」
とローリスは無理矢理はぐらかそうとする。
「まあ、良いことにします」
ユーナは追求を止めた。訊いても答えてくれ無さそうだし、そもそも今は試合の最中なのだから、それどころではない。
「ありがとう」とローリス。
その感謝の言葉がどういう意味なのか計りかねた。
「では、試合に集中しましょうか」
「はい」
レイピアによる攻撃は意味を成さない。一方、防御では、ローリスの鎌鼬はムルムが防いでくれているが、ローリスが出す鎌鼬は数が尋常ではない。ムルムの許容量を超える可能性は十分にある。
『当たったらごめんなさい』と心の中で謝って、ユーナは水筒に手を伸ばす。レイピアを濡らす。
そして、横一文字に振り抜いた。
飛沫がローリスに向かって飛ぶ。それは、先鋭化して凍りついた。
ローリスは迫ってくる小さな氷の刃を風で払う。
ユーナは距離を詰める。しかし、ユーナの周囲につむじ風が舞い、行く手を遮られる。
仕方なく、ユーナは数歩下がった。
手詰まり感が募る。ユーナは完全に攻めあぐねていた。
ローリスの持力運用は攻めるも守るも鉄壁と言って良かった。これなら、緋剣に頼る必要すらない。昨年優勝したというのも頷ける。
ユーナがここまで食い下がれたのは、ひとえにムルムのおかげだ。もし彼女がローリスの鎌鼬を受け止めてくれなかったら、もっと早くに降参していたに違いない。




