イレリアの男
確かにその男は異質だった。反りの入った緋剣を両手で持ち、手元をへその辺りに付けるようにして、剣はやや上向きの水平に構えている。
相手の選手は、どうやって攻略すべきか手をこまねいているように見える。
すうっと、イレリアの男が剣を振り上げた。相手はそれに反応して構えを直し、警戒する。
次の瞬間。
「きええええいぃ!」
奇妙な叫び声と共にイレリアの男が剣を振り下ろす。
相手の選手が剣で受ける。しかし、きんという音と共に、イレリアの男の剣は振り下ろされていた。
何の前触れもなく、相手の選手の緋剣が真ん中から折れ、刃先が地面に突き立った。
実際には折れたのではなく、斬られたのだ。
「うそっ! だって、あれって緋剣でしょ?」
思わずユーナは叫んだ。
観衆は、そのほとんどが沈黙していた。
相手の選手は狼狽して後ずさった。無理もない。1番質の低い第3の緋とは言え、呪闘士にとっては命ともいえる緋剣を壊されたのだ。ショックは大きいに違いなかった。
イレリアの男は何事もなかったかのように構えた。彼は、まだやる気だった。
確かに、相手の選手は「参った」していない。だが、それも、あまりの出来事に呆然としていただけで、戦意が彼に残っていた訳ではない。
開催本部が彼に声をかける。
そこでようやく我を取り戻した彼は、「降参する」とつぶやいた。
歓声は疎らだった。起こったことの凄さが観衆には伝わっていないのだ。
だが、その場に居合わせた術士達とその卵達には判っていた。それから、その重要度も。
イレリアの男は頭を掻きながら試合場から出ていった。
結局、彼は魔術をまったく使わなかった。
(世の中には色んな人が居るもんだ。ていうか、緋鋼って斬れるんだ)
と言うのがユーナの素直な感想だった。
銀鷲旗争奪戦では、ユーナは細身のレイピアでレオンハルトの大剣を相手に闘った。その時、レイピアは大剣と何度もぶつかったが、曲がるどころか、刃こぼれ一つしなかった。
そんなシロモノを、イレリアの男は斬ったのである。
「すごい……のですよね」とクリスはまだ状況に理解が追いついていない。
「無茶苦茶だわ、こんなの」
ランティエはそう言って首を振る。
ルツィアは苦笑い。
「あれがイレリア固有の剣、〈カタナ〉でしょうか。なるほど。あのような動きをするのですね。初めて見ました」
アンナは感心して何度も頷いていた。
その後も試合は続き、夕方になった頃、ようやくユーナの出番が回ってきた。
「いよいよ、あの風使いの女公爵ですね」
「いやな言い方しますね」
ユーナは、むっとむくれた。対してランティエは首を振る。
「たとえ憧れの相手でも、今は試合の相手、いわば敵です」
「そんな風に言わないで下さい」
「ですが、事実です」
「それは、そうかもしれませんけど……」
「前回と何も変わりません。胸を借りるつもりで行けば良いだけですよ」
その通りだとユーナは思った。ローリスに勝てる気はまったくしない。だから単純に、純粋に、自分の持てる限りの力でぶつかれればそれで良い。(で、砕ける。)
「次の試合、ローリス・イルトゥース対ユーナ・オーシェ。イルトゥースは中等3年、持力属性は「風」であり、昨年の本争奪戦優勝者です」
ここで、おおっと群衆が声を上げる。
「オーシェは中等2年、呪猟士専攻、持力属性は「水」であり、銀鷲旗争奪戦の入賞者です」
ユーナに対する歓声は疎らだった。
「声が少ない」
なぜか不満げなランティエ。
「べ、別に、期待してませんし」
苦し紛れにユーナは答えた。
「良いこと、ユーナ。前の試合のことを忘れないで。ローリス様を攻略できるとしたら、その中にヒントがあるはずだから」とルツィア。
「う、うん。判った」
と、ユーナは答えたがルツィアの真意は計りかねた。




