対イステル・ファーラクス戦3
「et cavate feminam!」
イステルの詠唱が終わると同時に彼女から空気の塊のようなものが放たれる。それは、ものすごい速度でユーナに迫る。ユーナは避けられないと判断し、それが何なのかも判らないまま、緋剣を縦にして防御の構えを取る。そして、
「Mrum!」
と叫んだ。ユーナの前に風壁ができあがる。と同時にイステルの空気が到達した。
風と風がぶつかる。
ごうっと音がして二つの風がぶつかり合い、ほどけるようにして消えていく。瞬間、ユーナは左腕に痛みを感じた。
イステルの風を防ぎきれなかったのだ。
攻撃はクリスの持力と同じ鎌鼬だった。イステルは1回の詠唱で一つしか作り出せないようで、その点がクリスとは違う。
胸の赤い目印がまだ破られていないのを確認する。それから、痛みが走った左腕に右手を当てる。
ぬるりとした感触が伝わる。右手を見ると、案の定、血が付いている。
「謝罪はしないわよ、これは試合なんだから」
「はい、判ってます」
ユーナが答えるより速く、イステルは再び詠唱を開始する。さっきと同じ呪文。だとすると、次の攻撃までの時間もだいたい同じはず。
傷のお陰か、ユーナは焦りがなくなっているのを感じていた。頭がすっきりして、思考が戻っている。
改めて攻略方法を考える。
剣による攻撃はさっきの攻防で困難なのは判った。他の方策が必要。
イステルが今、詠唱しているのは、風精励起である。この場に存在する風の精霊に働きかけるための呪文。
と言うことは、水を励起しても〈同属阻害〉は発生しないことになる。
つまり、持力が使える。
ユーナは即座に腰の水筒に手を伸ばし、レイピアを濡らす。
ひゅんと音がするくらい素早く剣を振ると、飛沫がイステルに飛ぶ。
その時、不思議な事象が起こった。
飛沫は凍ることなく、大きくなりながらイステルに当たり、彼女の全身を濡らしたのだ。
ユーナは間違いなく持力を通したはずだった。それなのに水は凍らなかった。その代わり、水の飛沫は膨張したように大きくなった。
「〈同属阻害〉?」
しかし、イステルが持力を発現している様子はない。
ともかく、悩んでいる暇はない。
もう一度、レイピアを濡らそうと水筒を傾ける。水は出てこない。空だった。
ユーナは動揺する。何が起こっているのか判らない。
イステルの詠唱が完了し、再び鎌鼬がユーナを襲う。こんどは何が来るのか判っているので、慌てることはなかった。
横っ飛びに飛んでそれを避ける。
ユーナがそういう対応をすることが判っていたのか、イステルは距離を詰めてきていた。ユーナが体勢を整えかけたところにイステルのレイピアが襲いかかる。これはムルムの風壁が受け止めた。
剣を構え直した二人は再び向かい合う。
「あ!」
ユーナはイステルの胸元を指さした。
「なに? その手には乗らないわよ?」
イステルは、ユーナの声掛けを、視線を逸らさせて隙を作るせこいやり方だと思ったようだった。
「いえ、そうじゃなくて、先輩の目印が……」
「え?」
イステルは胸元に視線を向ける。
彼女の目印は、濡れて服に張り付き、千切れていた。
イステルは軽くため息をつき、お手上げのポーズを取る。
「まさか、こんなやり方があるなんてね。もしかして、狙ってやったとか?」
「いえ、ただの偶然です」
「だよね。まあでも、負けは負けね。参りました」
イステルはあっさりと負けを認める。その飾り気のない態度には好感が持てた。
「この試合、ユーナ・オーシェの勝ちとします」
開催本部の方から声が聞こえた。
群衆が歓声を上げる。呪猟士専攻生が勝ったことを賞賛する声が多かった。
「なんか、こんな勝ち方で良いんだろうか」
考えたことがそのまま声に出た。
「あたしだって、こんな負け方はいやよ」
イステルは口をとがらせる。
「あの、なんか、すみません」
「ほんとにね。あなたとはもう少し闘っていたかったのに。……ねえ、あなた、ユーナって呼べば良い?」
「はい」
「ユーナ、呪闘士専攻に転向しなさい。そうすればいつでも試合できるし」
「……遠慮します」
「どうして?」
「こんなことを言って良いのか判りませんけど、あたし、呪猟士が良いんです」
イステルは肩をすくめた。
「それは残念。でも、また会いましょう」
イステルが試合場なら出ていくのに合わせて、ユーナもクリス達の所に戻った。




