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ティレリエン・メア 〜学館の陽は暮れて〜  作者: 西羅晴彦
赤色魔術
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対イステル・ファーラクス戦1

 仕掛けたのはやはり男の方だった。

 男は剣先を下に向けると、振り上げるようにしてローリスに攻め込む。

 対するローリスは構えを取ることもなく、それを応じる。

 男の剣が空間にぶつかって跳ね返る。男はすぐさま剣を切り返し、もう一撃。それも跳ね返る。

 その時、ひゅっと風が鳴り、男が動きを止めた。

 そして、剣を下ろし、「参った」と宣言した。

 突然の成り行きにユーナはびっくりして二人を見つめていたが、群衆は理解しているようで、歓声が起こった。それは、ローリスの強さを賞賛する声と、そんな相手に果敢に挑んだ男を賞賛する声が半々くらいだった。


「どういうこと?」

 アンナに説明を求める。

「金鷲旗争奪戦での勝敗の決め方は二つあります。一つ目は、どちらかが試合続行不能になるか、負けを認めた場合。もう一つが、目印を奪われるか破られた場合」

「目印?」

「胸元に付けた赤い紙のことよ」とランティエ。

「いまの試合は、男性の目印が破られたのでしょうね」とアンナ。

 二人をよく見てみると、確かにローリスの胸元には目印となる赤い短冊があるのに対し、男の方にはそれが無くなっていた。

 ちなみにだが、この赤い紙を付けていると、祭り期間中、屋台の食べ物が無料になる特典がある。

 二人が群衆の輪の中心から外へ歩いていく。二人の姿が消えたあと、開催本部の男が立ち上がり、口上を述べ始める。

「次の試合、イステル・ファーラクス対ユーナ・オーシェ。ただし、ユーナ・オーシェが姿を見せていないため、イステル・ファーラクスの不戦……」

「わぁー、ちょっと待って待って。います。ユーナ・オーシェいます!」

 口上を述べる男の後ろから慌てて声をかけると、開催本部の全員が振り向いた。

「あなたが、ユーナ・オーシェ?」

 質問してきた女性は少々むっとしている。ユーナが来るのが遅かったせいだ。

「申し訳ありません。少し前から居たんですけど、試合に見入ってしまって……」

「まあ、いい。ユーナ・オーシェ、すぐに行けるのか?」

「はい、大丈夫です」

「では、これを胸元に付けて」

 と、赤い紙を渡される。ユーナは言われた通りにした。

「では改めて」開催本部の男が口上を言い直す。「次の試合、イステル・ファーラクス対ユーナ・オーシェ。ファーラクスは高等2年、持力属性は「水」。オーシェは中等2年、呪猟士専攻、持力属性は「水」。なお、オーシェは銀鷲旗争奪戦の入賞者です」

 群衆がざわつく。

 呪猟士専攻生が金鷲旗に参加しているのが珍しいのかも知れなかった。

「ユーナ・オーシェ、試合場へ行って下さい」と開催本部の男。

「判りました」

 持ってきていた呪杖をクリスに渡す。

「預かります」

「お願い」


 今回はレイピアを主体にしようと考えていた。水筒は、もしかすると使いどころが無いかもしれないが、一応、持つことにした。

「頑張ってください、ユーナさん!」とクリス。

「ご武運を」とアンナ。

「期待してますよ」とランティエ。

 ユーナはランティエの励ましに反応して、「期待されても、何も出ませんよ?」と答えた。

 それから、ゆっくりと、できるだけ長く、息を吐く。そして、勢いよく空気を吸い込み、

「行ってきます」

 と、試合場の中央へ向かった。


 試合場中央には、背の高い女性が佇んでいた。それが試合相手のイステルなのだろう。

「遅いお出ましね」

 イステルはにこりと笑顔をユーナに向けたが、目は笑っていない。

 こういう試合では、目下の者が先に入場しているべきで、目上の者を先にするのは失礼にあたる。

 そういうことに怒っているのか、それとも試合に対して気合いが入っていて怒っているように見えるのか、初めて出会った相手を前にして、ユーナには判断が出来なかった。

 ユーナはレイピアを抜いて、剣の先に木製のキャップを付ける。万が一、試合相手を突いても怪我をさせないための措置だ。だが、刃はそのままなので、危険であることは変わりない。

 イステルの得物もレイピアだった。それに、持力属性も同じ〈水〉。その上、ユーナと同じように水筒らしいものも持参している。

 戦闘スタイルが同じ。とてもやりにくい相手だ。


 ただし、水筒の水を使うことは、相手も自分も無いだろうとユーナは考えていた。というのは、同じ水属性同士だと、この場に存在する水(厳密には水の精霊)をユーナとイステルのどちらが励起できるかの争いになる。つまり、自分が持ち出した水を相手に操作される可能性がある。いわば、水の奪い合いである。その上、この奪い合いでは、〈同属阻害(ヒンデルニス)〉と言う、一種の励起障害が発生するので思った通りの励起ができなくなる。

 ゆえに、イステルとユーナの闘いは持力を主体にしたものではなく、剣術と介力による闘いになることが想定された。


「それでは始めて下さい」

 開催本部から淡々とした口調で試合開始の合図が出される。


 思った通り、イステルは水筒は持ち出さず、ユーナに対して構えた。右手にレイピアを持ち、右足を前に出して膝を軽く曲げるスタイル。踏み込んで一気に距離を詰め、敵を突くことができる。

 対してユーナは、レイピアと腕を水平にしてイステルに向け、前に出した右足はまっすぐ伸ばして重心を後ろに置いた構えを取った。

 それが、リーズ家で叩き込まれたスタイルだった。この構えは一気に距離を詰めるのには向いていないが、相手の動きに合わせて剣を出すことができる。また、水平に構え、相手に向かって長く突き出した剣は牽制にもなる。

 ユーナとイステルは剣を構えたまま、相互に出方を窺う。

 イステルが間合いを詰めようとする度、ユーナは後退したり左右に動いたりして距離を一定以上に維持する。

 イステルがまた一歩詰めた、と思い、ユーナも一歩退く、その動きに合わせて、イステルは勢いよく前に踏み込み、レイピアを突き出した。

 ユーナは虚を突かれた形になり、対応が一瞬、遅れるが、訓練の賜物か身体は反応していて、迫ってくるイステルの剣先を叩いて剣線を逸らした。

 イステルの攻めはそれだけではなかった。いったん叩き落とされたかに見えた彼女のレイピアは、ユーナの剣を中心にくるっとユーナの剣の反対側に回り込み、そこから剣を押してよけてユーナに肉薄する。

 これを止めるすべは無かった。

 ユーナは辛うじて胸元の紙片が破かれるのを避けたが、イステルの剣はユーナの右肩に当たった。

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