プライドと意気込み
ユーナは自室に戻ると、争奪戦のための準備を始めた。
緋製レイピアと『ムルム』の水晶、それから呪杖。今回の争奪戦は呪闘士専攻が相手なので、呪杖よりはレイピアの方が役に立ちそう。
アンナが水筒を持ってきた。中身は水。これは凍らせて使う。
「ありがとう」
ユーナは差し出された水筒を受け取る。
準備万端、ということで、ユーナはアンナと共に自室を出てエントランスに向かう。
そこには、不機嫌そうなランティエと、そわそわしたクリスが待ち構えていた。
「ユナマリア様、今日は同道させていただきますよ?」
ここ数日間、『赤色探し』にかこつけて随行を遠慮してもらっていた。ランティエはそのことに不満を感じているのだ。
「あ、今日は大丈夫です。よろしくお願いします」
「はい、判りました」
当然とばかりにランティエが答える。
「今日は『争奪戦』に参加するんですよね?」とクリス。
「うん、だから、今日は課題は無理かな」
「そうですよね。では、ご一緒して良いですか?」
「構わないよ?」
そんなわけで、ユーナは3人のセコンドを付けて試合場に向かった。
どうでもいいや的な感覚で寮を後にしたユーナだったが、歩みを進める内に段々と不安が募ってくる。
メーゼン橋のたもとに来た頃には、がちがちに緊張していた。
何しろ、相手は呪闘士専攻生ばかりなのだから。その中には高等生も含まれる。銀鷲旗の時は、何とか勝ち抜いたが、そのほとんどは呪猟士専攻生で、闘った呪闘士専攻生と言えば同学年のニキアだけ。ニキアも技量はかなりあるが、本人には悪いが高等生とは比較にならないだろう。
それから、自分の剣術が通用するのかも不安がある。
怪我を負うのが怖いのではない。それは間違いないのだが、なんで自分がこんなにも緊張しているのか、ユーナは理由を見つけ出せずにいた。
「ユナマリア様、緊張していたおいでですね?」
「あ、うん。そうみたい、です」
「良いですか、今日のあなたは『ユーナ・オーシェ』です」
「え? どういうことですか?」
「リーズ家を背負う必要は無いということです。ましてあなたはまだ中等生です。高等生の胸を借りるつもりで闘っていらっしゃい」
ああ、そう言うことか。ユーナは理解できた。
これは、プライドの問題だ。
リーズ家に連なる者としてのプライド。
剣術使いとしてのプライド。
そして、術士としてのプライド。
そう言った物に傷を付けられるのが、怖い。
だが、本当は、負けたからと言って、傷か付くようなものではないはずだ。何があってもユーナがリーズ家の者であることは変わらない。負けたからと言って、それを咎める家族もいない。むしろ、良くやったと誉めてくれるのではないだろうか。
剣術使いとしてのユーナは、リーズ家の指南役が舌を巻くくらいの上達を示したが、だからといって最強ではない。上には上がいる。
術士としては、ユーナなどまだまだひよっこでしかない。いや、まだ卵のままかもしれない。
そんな自分が、何を緊張する必要があるのか。
今はただ、ぶつかって見るだけで良い。当たって砕けても構わない。そのくらいのつもりでいて良いのだろう。
「その意気ですよ、ユナマリア様、いえ、ユーナさん」
「はい、ありがとうございます、ランティエさん」
「どういたしまして」と応じた後で、ランティエは、「そういう訳ですので、頑張ってくださいね」と微笑んだ。その笑みの裏に、
負けたら承知しないぞ?
というオーラを感じて、ユーナはなんだか矛盾してると思いながら、気を引き締め直した。
「ところで、昨年の優勝者は誰だったんだろう?」
「昨年はローリス・イルトゥース様だったそうですよ」とアンナが答える。
「そうか、あのお方も呪闘士専攻だった」
つまり、今回当たる可能性もある。
「ローリス・イルトゥース? あの三大公爵家のご当主様?」
驚いたのはランティエ。彼女の学館卒業後、時間が経過しているので、ランティエの知識は少々旧い。
「中等生なのに、すごいですね」とクリス。
「中等生で優勝? それは確かにすごいわね。私が館生だった頃にはあり得ない。そのローリス様が凄いのか、それとも今の呪闘士専攻生が不甲斐ないのか」
「不甲斐ないって言うのはあると思いますけど……」
ユーナはゴッドフリート・ボルケン教官のことを思い出していた。『辻斬り』なんて真似をして呪闘士専攻候補を探していたおっさん。
そのおっさんが言っていたこと。
今の呪闘士専攻生は質が落ちた。
本当にそうなのか、ユーナは計りかねるところがあったが、昨年の争奪戦の結果からすると、ボルケン教官の言葉は本当なのかも知れない。
もちろん、ローリス様の才能が群を抜いていて、他の追随を許さないというのも要因の一つだろうけれども。
「そのローリス様と試合になる可能性もあるわけです」
「いやなこというのね、アンナ」
「それはそれでチャンスですよ、ユナマリア様」
「どうしてですか?」
「そんなに凄い館生と一対一で闘えるんですよ? あなたにとって良い経験になるはずです。私が今館生だったら、是非お手合わせお願いしたいところですね」
なんともポジティブな発言だ。
ローリス様とランティエが闘ったら、それはそれは壮絶な試合になるだろう。素質も才能も技術もトップクラスの二人なのだから。
「私は館生時代は金鷲旗で勝ち残れなかったから……」
「本当ですか、それ」
ユーナは驚いてランティエを見る。ランティエ程の実力なら、優勝していてもおかしくないと思ったからだ。
「本当よ」
残念そうではあるが、仕方ないと言う表情でランティエは応じた。
「争奪戦では、〈超攻撃的〉の持力保持者は不利になることがありますからね」とアンナ。
「なるほど」
それはユーナも思い当たることがあった。
〈超攻撃的〉持力は、戦争や魔物狩りでは非常に有効である反面、相手を傷つけてはならない試合では使いどころを制限される。
ランティエの場合は、〈灼炎〉などという、人間ならものの数分で消し炭になるような高温の炎の使い手であり、さらに呪猟士専攻だったことから、対人戦闘に特化した呪闘士専攻生が相手の金鷲旗争奪戦では不利だったに違いない。
ユーナにしても、試合相手を凍らせてしまえば一瞬で片が付く。だが、それは相手の命を奪うことに他ならず、許される行為ではない。
銀鷲旗の時にはそういう面での苦労もあったのだ。




