大司教への依頼
結論から言うと、ディトーが聖堂教会に掛け合ってみてくれることになった。
相談すると、ディトーは、「『聖ペテルスの袖』、か」と呟いて、何かを懐かしむように目を細めた。
彼女が『袖』に何かしらの思い入れがあるらしいとユーナは気づいたが、触れないでおくことにした。
ディトーはその場で手紙をしたため、召使いを読んでメーゼンブルク大司教に手紙を渡すよう告げた。
「少し待っているといい」
とディトーはユーナとクリスに珈琲を出す。ユーナは、司教からの返事がそんなに早く返ってくるとは思えず、なぜ待たされるのか不思議に思った。
大司教と言えば、メーゼンブルクとその周辺の村々の聖堂の総元締めである。つまり、この一帯における宗教界の最高位。多忙だろうし、『赤色師』とは言え一介の教師に過ぎないディトーの依頼を聞いてくれるとは思えない。
しかし、返事の手紙は1時間ほどでディトーの元に届けられた。
困惑して眉を寄せているユーナを見たディトーは、
「若い頃、大司教とは懇意していたことがあるんだ」
と茶目っ気を見せる。
ディトーが言っているのは『大人的意味での懇意』なのだが、ユーナはその意味をくみ取れず、首を傾げる。
「口は立つくせに、こういうことは疎いな、お前」
呆れ気味にディトーが言う。
その一言で意味を悟ったユーナは顔を真っ赤にした。
クリスは未だに頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいる。
「だだだって、だだ大司教様でしょ?」
「司教だって人の子だよ。それに、そんなに珍しいことでもない」
「そ、そういう物ですか」
あっはっはとディトーは笑い、「ま、ねんねのお前には早い話だったな」と言って勝ち誇った表情をした。いつもは小娘に負けっぱなしなので、逆にからかうことができて(大人気なく)楽しかったのだ。
ディトーは手紙の封を開け、中の紙に目を通す。その目が、すっと細くなる。
やっぱり駄目だよね、とユーナは思った。
それを察したディトーは頷いて、「心配しなくていい。許可は下りた」と告げた。しかし、その顔は嬉しさと恥ずかしさが混じり合った、不思議な雰囲気を湛えていた。ユーナには判らないような心の綾が垣間見えた。
じっと見つめてくるユーナの視線に耐えられず、ディトーはふんと鼻を鳴らす。
「大司教が、またあたしに会いたいだとさ」
「それは、良かったですね」
「そうでもないさ。もう年だしな、お互いに」
と言う癖に、ユーナの目にはディトーはそわそわして会いたそうにしている。
うーむ、よく判らん。それが、ユーナの素直な感想だった。
ディトーは何かを断ち切るかのように軽く首を振った。
「あー、やだやだ。まあ、そんなことより。明日の午後3時に聖堂教会の宝物庫を開けてくれるそうだ。もちろん、行くんだろ?」
「はい。よろしくお願いします」
本当はルツィアも連れていきたいが、今の彼女は競争相手である。ライバルに塩を送ることは避けなければならない。
結局、ディトーに連れられる形でユーナたちは宝物庫を観覧することになった。
余談以外の何物でもないが、宗教界には、聖人と呼ばれる人達がいる。彼らは神に近い存在と考えられ、大衆の祈りを神に届ける仲介役をするという。女性の場合は聖女と呼ぶ。たいていは聖堂教会に身を置く司祭や司教、枢機卿に教皇あたりが聖人に認定されることが多い。
聖人は『奇跡』という神の御業を行使すると言われるが、『奇跡』が『魔術』と何が違うのか、宗教界と魔術界では論争が絶えない。
この世界には主だった神だけで12柱いるので、聖人は仕える神の名を取って、例えば『農耕神の聖人ペテルス』といった感じ。
また、街や村には守護聖人という特別な聖人が存在していて、その街や村に加護を与えてくれるとされている。メーゼンブルクの守護聖人は先ほど述べたスイルバイアスの聖人ペテルスになる。ペテルスは、メーゼンブルクの地に初めて聖堂を立てた聖人とされ、それ以降、尊崇を集めてきた。
現在、メーゼンブルク司教座を担っているのは、マリウス・コーザ大司教で、生きた聖人と呼ばれる人物だった。『奇跡』を行使でき、今回ユーナ達が観覧を許された『聖ペテルスの袖』、つまり、司教服の袖の部分を発見した功績がある。
血気盛んな青年だった頃のマリウスは、助祭という立場にも関わらず『聖遺物探索』に明け暮れていた。その傍らには、いつも、美しい『赤色使い』が居たというが、それはまた別のお話。




