手加減 Lv1
討伐を終え、三人は街へ戻るため森の中を歩いていた。
依頼そのものは簡単なものだった。
街道近くに出た魔物を数匹倒す。
冒険者になったばかりのカズキでも受けられる、低ランク向けの依頼だ。
もっとも――。
「簡単な依頼だったはずなんだけどね」
レナが呆れたように言った。
「簡単だっただろ?」
「そういう意味じゃないわよ」
レナが振り返る。
少し離れたところに、カズキが殴った魔物が倒れていた。
倒れているというより、地面にめり込んでいる。
「普通、ああはならないの」
「仕方ないだろ。加減が分からないんだから」
「だから武器を使いなさいって言ったでしょ」
「剣は折れるし」
「じゃあ殴るしかないわね」
「だろ?」
「納得したくないけど」
そんな二人のやり取りを、サクラが不思議そうに見ていた。
今回の依頼には、サクラも同行している。
巫女である彼女は戦闘そのものを得意としているわけではないが、治癒や補助が使える。
初心者向けの依頼なら、怪我に備えて同行するのも珍しくないらしい。
「カズキさんは、いつもあんな感じなんですか?」
サクラが小声でレナに聞いた。
「今日会ったばかりだけど、たぶんいつもあんな感じ」
「聞こえてるぞ」
そのときだった。
頭の中に、聞き慣れない音が響いた。
――レベルが上がりました。
カズキが立ち止まる。
「おっ!」
「どうしたの?」
「レベル上がった!」
思わず声が弾んだ。
ようやくだ。
異世界に来た。
冒険者になった。
魔物も倒した。
そして、レベルアップ。
これだ。
カズキが想像していた異世界生活とは、まさにこういうものだった。
「ステータス」
すぐに表示を開く。
レベルは――二。
「よし」
そして、その下を見る。
「…………」
もう一度見る。
「…………」
レナが横から覗き込んだ。
「どうしたの?」
「変わってない」
「何が?」
「ステータス」
筋力。
体力。
敏捷。
魔力。
どれも、レベルが一だったときと変わっていない。
「レベル上がったんだよな?」
「二になってるわね」
「なんでステータス上がってないんだよ!」
「私に言われても知らないわよ」
「普通、レベルが上がったら強くなるもんじゃないのか?」
「普通はね」
また普通。
この世界に来てから、この言葉を聞くたびに嫌な予感がするようになってきた。
「でも、何か増えてますよ」
サクラが表示を指さした。
「え?」
ステータスの下。
昨日まではなかった項目が追加されている。
スキル。
その横に、ひとつだけ文字があった。
《手加減 Lv.1》
「……手加減?」
カズキが読み上げた。
「手加減ね」
レナも読む。
「手加減ですね」
サクラも読む。
「なんでレベル上がって、覚えるのが手加減なんだよ!」
強くなるためにレベルを上げたはずなのに、弱くなる技を覚えてどうする。
だが、レナは腕を組んで考えていた。
「いや……あんたには、めちゃくちゃ使えるスキルじゃない?」
「どこがだよ」
「だって加減できないんでしょ?」
「……まあ」
剣を折った。
訓練用の木人形も壊した。
魔物を殴れば地面にめり込む。
確かに、手加減は必要だった。
「使ってみたら?」
「どうやって?」
レナが辺りを見回した。
そして、少し離れた場所にある岩を指さす。
人の腰くらいまである、大きな岩だった。
「そこの岩、殴ってみなさいよ」
「壊れない?」
「手加減するんでしょ?」
「なるほど」
カズキは岩の前に立った。
拳を握る。
意識すると、《手加減 Lv.1》が発動したのがなんとなく分かった。
「いくぞ」
軽く拳を振る。
ドゴォン!
鈍い音が森に響いた。
岩が砕けた。
破片が地面を転がっていく。
「…………」
「…………」
「…………」
三人で砕けた岩を見る。
最初に口を開いたのはサクラだった。
「……手加減、しましたよね?」
「した」
「今のが?」
レナが聞く。
「したって!」
カズキは慌ててスキルの詳細を確認する。
《手加減 Lv.1》
力を抑えて行動できる。
現在の補正値――十。
「十?」
レナが覗き込む。
「あんたの筋力、いくつだっけ?」
「千八百四十」
「そこから十引いて?」
「千八百三十」
「…………」
「…………」
レナは砕けた岩を見た。
それからカズキを見る。
「変わらないわね」
「意味ねえじゃねえか!」
カズキの叫び声が森に響いた。




