丸太を受け止めたら粉々になり、巫女に魂を覗かれた
丸太が、頭の上へ落ちてきた。
避ける。
そう思ったが、後ろにはレナがいる。
カズキは両手を突き出した。
「ちょ、待っ――」
ドォンッ!!
ものすごい音がした。
目を閉じる。
肩をすくめる。
そのまま、しばらく待った。
「…………」
痛くない。
恐る恐る、片目を開ける。
目の前に、木の皮があった。
両手で、丸太を受け止めていた。
「……止まった」
「止まった、じゃないわよ……!」
後ろから、レナの声がする。
トロルはまだ丸太を押し込んできていた。
太い腕に力が入り、牙の隙間から唸り声が漏れている。
「グ、グオオオ……!」
かなり力を入れているらしい。
カズキも、少し押し返してみた。
ミシッ。
嫌な音がした。
「あ」
手のひらが、木にめり込んでいる。
「待て。これも壊れるのか」
「今は壊していいでしょ!」
それもそうだ。
借り物ではない。
少なくとも、弁償を請求してくる相手には見えない。
カズキは丸太を握り直した。
バキッ!
両手の間で、丸太が折れた。
「……あっさり」
トロルがよろめく。
急に支えがなくなったせいか、丸太の残りを持ったまま前へつんのめった。
大きな顔が近づいてくる。
「うわ、こっち来るな!」
反射的に、手を出した。
殴るつもりではなかった。
近づいてきた肩を、押しただけだ。
ドンッ!!
トロルが後ろへ飛んだ。
背中から地面へ落ち、そのまま土を削りながら滑っていく。
折れた木を巻き込み、大きな切り株にぶつかって、ようやく止まった。
森が静かになる。
カズキは、出したままの手を見る。
「……押しただけなんだけど」
レナは返事をしなかった。
少し離れたところで、短剣を構えたまま固まっている。
「レナ?」
「……アンタ、本当に何ともないの?」
「ああ。痛くもなかった」
レナは短剣を下ろした。
大きく息を吐く。
「……こっちは、死んだかと思ったんだからね」
「悪かった」
「悪かったじゃないわよ。素手で受けるやつがある!?」
「武器がなかったから」
「そういう話じゃない!」
怒られた。
でも、二人とも無事でよかった。
二人でトロルを見る。
動かない。
念のため、しばらく待つ。
やっぱり動かなかった。
カズキは切り株へ戻り、置いていた角ウサギを拾い上げた。
「こっちも無事だ」
「今それ確認する?」
「売れるんだろ?」
「……そうだけど」
レナは何か言いたそうに口を開き。
結局、短剣を鞘へ戻した。
「ほんと、調子狂う……」
---
トロルは、その場に置いていくことになった。
大きすぎる。
「俺、運べるかもしれないぞ」
「それを担いで街まで歩く気?」
言われて、もう一度トロルを見る。
門を通れるかどうかも怪しい。
「……目立つな」
「かなりね」
レナは周囲を確かめ、依頼書の裏へ書き足した。
「場所を報告すれば、回収する人が来るわ」
「そういう仕事もあるのか」
「大物を倒せても、持って帰れるとは限らないでしょ」
なるほど。
冒険者も、倒したら終わりではないらしい。
「これで調査は終わりか?」
「終わり。トロルがこんな所まで出てるんだから、一度戻って報告しないと」
それには賛成だった。
今日はもう、十分働いた気がする。
「じゃあ、帰って飯だな」
「さっきパン食べたでしょ」
「あれだけじゃ足りない」
「食費までかかるのね……」
「そこは普通にかかるだろ」
来た道へ戻ろうとした、そのときだった。
「あの、すみません」
知らない声がした。
二人そろって振り返る。
森の縁に、一人の少女が立っていた。
長い黒髪。
白い上着に、朱色の袴。
手には、先端に小さな鈴のついた杖を持っている。
「……巫女さん?」
思わず呟いた。
見覚えのある格好だった。
もちろん、この世界で見るのは初めてだ。
少女はカズキたちを見て、それから倒れたトロルへ目を向けた。
「先ほど、大きな音がしたので……お怪我はありませんか?」
「ああ。俺は平気」
「私も――」
レナが言いかける。
少女の視線が、その右手で止まった。
「手を痛めていらっしゃいますね」
「え? ああ、これは別に」
「よろしければ、診せてください」
レナは少し迷ってから、右手を差し出した。
少女が、その手にそっと指を添える。
淡い光が灯った。
「おお……」
カズキは思わず身を乗り出した。
光が、レナの手を包んでいる。
ちゃんと魔法だ。
森が吹き飛ぶより、よほど異世界に来た感じがした。
やがて光が消える。
レナが指を開き、握り直した。
「……痛くない」
「これで大丈夫だと思います」
「助かったわ。ありがとう」
少女は小さく微笑んだ。
「トロルにやられたのですか?」
「こいつの顔」
レナがカズキを指さした。
少女の目が、こちらへ向く。
「……お顔に?」
「ちょっと事情があって」
説明すると、胸を触ったところからになる。
初対面でする話ではなかった。
少女は首を傾げたが、それ以上は聞かなかった。
助かる。
「私はサクラと申します。神殿で巫女をしています」
「レナ。こっちはカズキ」
「どうも」
「お二人は、森の調査に?」
「ええ。ギルドの依頼でね」
レナは依頼書を見せた。
「あなたは? 一人でこんな所まで来たの?」
「森の様子を確かめに来ました。数日前から、山の方で嫌な気配がするんです」
レナの表情が少し変わった。
「山の方?」
「はい。今朝は特に大きく気配が乱れて……」
サクラが森を見る。
木々の間を一直線に抜ける、見晴らしのいい道。
「あちらも、その影響なのかと」
「そっちはこいつ」
レナがまたカズキを指さした。
「……この方が?」
「枝で」
サクラは黙った。
カズキを見る。
森を見る。
もう一度、カズキを見る。
今日、この流れを何度も見た気がする。
「……倒木を片づけられた、ということでしょうか?」
「そういうことにできるなら、したい」
「できないわよ」
レナに止められた。
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事情を話すと、サクラは真面目な顔で聞いてくれた。
転生したこと。
ステータスは普通だったこと。
枝を振ったら森が消えたこと。
小石でオークを倒し、鉄の剣が折れ、今は銀貨三枚と銅貨二枚の借金があること。
「最後の情報、いる?」
「俺には大事なんだよ」
サクラは少し考えてから、口を開いた。
「差し支えなければ、私にも能力を視せていただけませんか?」
「水晶球で?」
「いえ。私は、人にかかっている加護や術の働きを視ることができます」
カズキはレナを見た。
レナもこちらを見る。
「……それじゃない?」
「それっぽいな」
ようやく、何か分かるかもしれない。
カズキは角ウサギを足元へ置いた。
「お願いします」
「では、失礼します」
サクラが杖を胸元へ寄せる。
鈴が、小さく鳴った。
その瞳に、淡い青色の光が浮かぶ。
じっと見つめられる。
特に、何も感じない。
痛くもないし、くすぐったくもない。
しばらくして、サクラが頷いた。
「基礎能力は、お聞きした通りですね。筋力が十二、耐久が十……」
「普通?」
「はい。特別高い数値ではありません」
やっぱり普通だった。
レナが腕を組む。
「でも、その普通がトロルを押し倒したんだけど」
「押しただけのつもりだったんだよ」
「それはさっき聞いた」
サクラは返事をしなかった。
視線が、カズキの胸元で止まっている。
やがて、眉がわずかに寄った。
「……あれ?」
少し顔を近づける。
それから、離す。
一度目を閉じ、もう一度こちらを見る。
「どうした?」
「すみません。もう少しだけ……」
鈴が、再び鳴った。
サクラは黙ったまま、何かを確かめている。
さっきより長い。
少し不安になってきた。
「……何かあったか?」
「加護が、あります」
レナが身を乗り出した。
「やっぱり!」
「ただ……このようなものは、初めて視ました」
サクラが杖を握り直す。
「何て書いてあるんだ?」
「行動補正、と……」
「行動補正?」
聞き返すと、サクラはゆっくり頷いた。
「倍率が、その……」
「二倍とか?」
カズキが言う。
レナが首を振った。
「二倍で森は消えないでしょ。百倍くらいじゃない?」
それは、さすがに強すぎる気がする。
でも、森を見たあとでは否定しにくい。
サクラは、どちらにも頷かなかった。
もう一度だけカズキを見て。
小さく息を吸う。
「……千八百四十倍です」
「…………」
カズキは黙った。
レナも黙った。
遠くで、鳥が鳴いた。
「……何が?」
ようやく聞くと、サクラが困った顔で答えた。
「行動が」
カズキは手のひらを見た。
それから、折れた丸太を見る。
最後に、レナを見た。
「……丈夫な剣って、いくらくらいする?」
「まだ買う気なの!?」




