王都へ
「そろそろ遠出したいなー」
昼飯を食べながら、カズキが何気なく言った。
「あんたねぇ。Fランク冒険者が遠出なんて――」
レナは呆れたように言いかけて、途中で言葉を止めた。
「……まあ、あんたなら案外大丈夫かもね」
「なんだよ、その言い方」
「事実でしょ」
カズキはまだFランク冒険者だ。
とはいえ、これまでの戦いぶりを考えれば、そこらのFランクと一緒にする方がおかしい。
「そうですね。私、久しぶりに王都の方へ行ってみたいですね」
サクラが嬉しそうに言った。
「私も王都にはよく行ってましたよ」
ニーナも話に乗ってくる。
「王都には何があるんだ?」
カズキが尋ねると、レナは少し考えてから笑った。
「そうね。行ってみましょうか」
「おーい。質問に答えろよ」
「うるさいわね。行ってみれば分かるわよ」
「まったく、乱暴だな。何があるってんだよ」
するとサクラが、楽しそうに口を開いた。
「カズキさん。王都には、女の子ならみんな大好きなお店がたくさんあるんですよ」
「へー。どんな?」
「それは、行ってのお楽しみです」
「サクラまで内緒? ……ま、いいか」
どうやら三人とも、王都へ行くことに異論はないらしい。
むしろ、やけに乗り気だ。
「で、王都にはどうやって行くんだ?」
街の外へ出たところで、カズキが尋ねた。
「この道を、まーーーーっすぐよ」
レナが街道の先を指さす。
「ああ。遠いんだな」
「まあね。うまくいけば明日の昼には着くわよ」
「どうして明日の朝じゃないんだ?」
するとサクラが答えた。
「途中の街で一泊して、王都にはお昼くらいに着くようにするんですよ」
「わざわざ昼に?」
「そうです」
「ふーん……」
妙に到着時間にこだわるのが気になったが、三人とも王都へ行ったことがある。
カズキには分からない事情があるのだろう。
「分かった。任せるよ」
「それじゃあ、出発よ!」
「おー!」
レナの掛け声に、サクラとニーナが元気よく拳を上げた。
「……テンションたけーな」
カズキは呆れたようにつぶやいた。
街道を進み、その日は途中の街で一泊した。
翌朝、再び街道を歩き始める。
そして予定通り、昼過ぎには王都へ到着した。
大きな城壁。
行き交う馬車。
これまでいた街とは比べものにならないほど多くの人が行き交っている。
カズキは思わず周囲を見回した。
「おお……さすが王都だな」
「さあ、行きましょう!」
「おい、どこへだよ」
レナたちは王都の景色にも目をくれず、カズキを振り切る勢いで歩いていく。
「ちょっと待てって!」
カズキも慌てて後を追った。
大通りを抜け、少し落ち着いた通りへ入る。
しばらくすると、三人は一軒の小洒落た店の前で立ち止まった。
「着いたわ!」
レナが満足そうに言った。
「……ここ?」
「そうよ」
どう見てもカフェだ。
カズキが首を傾げていると、入口に立っていた男が静かに扉を開いた。
整った顔立ち。
黒を基調とした上品な服装。
背筋はぴんと伸び、所作には無駄がない。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「な、なんだ?」
突然の言葉にカズキが固まる。
レナは慣れた様子で軽く手を上げ、そのまま店内へ入っていった。
「執事喫茶か?」
「そうですね。そんな感じです」
サクラが答えながら中へ入る。
ニーナも当然のようにその後へ続いた。
「お帰りなさいませ、旦那様」
今度はカズキに向かって、執事が深々と頭を下げた。
「だ、旦那様?」
「はい。どうぞ中へ」
「あ、はい……」
なんともむず痒い。
それでも、あまりにも丁寧に迎えられたせいで断ることもできず、カズキも店内へ入った。
四人は奥のテーブルへ案内された。
執事が椅子を引き、三人を順番に座らせていく。
そしてカズキの椅子まで引いた。
「どうぞ、旦那様」
「え? あ、ありがとうございます」
思わず敬語になった。
それを見たレナが吹き出す。
「なに緊張してんのよ」
「う、うるさいな」
席についたカズキは、改めて店内を見回した。
落ち着いた内装。
静かな音楽。
そして店内を歩いているのは、見事なくらい整った顔立ちの男ばかりだった。
「なあ」
「なによ?」
「これが目的だったのか?」
「そうよ」
レナは悪びれる様子もない。
「女子にはね、癒しが必要なのよ」
「そうですよ、カズキさん」
サクラも満足そうに頷く。
ニーナは店内を見回しながら、優雅に髪をかき上げた。
「ワタクシにふさわしい場所ですわ」
「ああ、そうですか……」
カズキは呆れながらつぶやいた。
しばらくすると、一人の執事が注文を取りに来た。
「旦那様。本日は何になさいますか? なんなりとお申し付けください」
「は、はい」
「なに? あんた本当に緊張してるの?」
レナがニヤニヤしながらカズキを見る。
「小さいわねー」
「う、うるさいな」
すると執事が穏やかに微笑んだ。
「お嬢様。その辺りで。旦那様がお困りですよ」
「はーい」
レナが素直に返事をする。
「なんでお前、その人の言うことは聞くんだよ」
「うるさいわね」
カズキはコーヒーを。
レナ、サクラ、ニーナの三人は紅茶とケーキのセットを注文した。
やがて、執事が上品なカップに入ったコーヒーを運んできた。
「お待たせいたしました、旦那様。熱くなっておりますので、お気をつけください」
「あ、どうも」
カズキはカップを手に取り、一口飲んだ。
「……うま!」
思わず声が出た。
レナが得意げに笑う。
「でしょ。ここはイケメンだけじゃなくて、飲み物も食べ物も最高なんだから」
「なるほどな」
カズキはもう一口、コーヒーを飲む。
「心地よい接客と、うまい飲み物。流行るわけだ」
「分かってきたじゃない」
「いや、これは普通にいい店だろ」
結局、四人はそのままゆっくりと午後を過ごした。
王都に来たというのに、観光らしい観光はほとんどしていない。
だが三人は満足そうだったし、カズキもなんだかんだで悪い気はしなかった。
店を出て宿へ向かう途中、レナが言った。
「しばらく王都で仕事を探すわよ。ここのギルドは大きいから、依頼もたくさんあるし」
「そうですね」
「ワタクシも賛成ですわ」
「俺もいいぞ」
こうして四人は、しばらく王都に滞在することになった。
それから数日。
四人は王都の冒険者ギルドで、簡単な依頼をいくつかこなしていた。
荷物運び。
街の外での素材集め。
近隣に現れた弱い魔物の討伐。
大きな事件もなく、平穏な日々が続いていた。
ある日の仕事終わり。
「あー、疲れた!」
レナが大きく伸びをした。
「さあ、カフェ行きましょう」
「賛成です」
「もちろんですわ」
三人はいつもの店へ向かった。
「今日は何食べようかしら」
そんな話をしながら三人が店内へ入る。
そして――固まった。
そこには、すでにカズキの姿があった。
「お疲れ様でございます、旦那様」
「ああ。今日も疲れたよ」
カズキはすっかりくつろいだ様子で椅子に座っている。
「いつものやつ、頼むよ」
「かしこまりました」
執事が恭しく頭を下げた。
レナのこめかみがぴくりと動く。
「あんた、何やってんのよ」
カズキが振り返った。
「何って……労働の後の休息だろ?」
「あらあら」
サクラが口元を押さえて笑う。
「カズキさん、すっかりハマってますね」
「いや、だってここ落ち着くんだよ。それにコーヒーもうまいし」
「最初はあんなに緊張してたくせに……」
「慣れた」
そこへ執事がコーヒーを運んできた。
「お待たせいたしました、旦那様。いつものコーヒーでございます」
「ああ、ありがとう」
カズキは自然な動作でカップを受け取った。
一口飲み、満足そうに息を吐く。
「……やっぱりこれだな」
レナはそんなカズキをしばらく見つめた。
そして、呆れたように肩をすくめる。
「まったく……楽しそうでなによりだわ」
その声が、コーヒーを飲みながら悦に浸っているカズキに届いたかどうかは分からなかった。




