思いっきりやっていいって言ったよな?
「コボルトの群れです!」
サクラの声に、全員が足を止めた。
フェザーバードの討伐を終え、街へ戻る途中だった。
街道から少し離れた草原。
その向こうに、小さな影がいくつも見える。
一匹。
二匹。
三匹。
「……多くない?」
カズキが目を細める。
レナも表情を変えた。
「多いわね」
草原を埋めるように、コボルトたちが集まっている。
手には棍棒や錆びた剣。
数は――。
「三十匹ほどでしょうか」
サクラが言った。
「三十!?」
ニーナが剣を抜く。
「どうしてこんな場所に、それほどの群れが?」
「分からない。でも、街道に出られたらまずいわ」
レナも短剣を構えた。
最近、この辺りでは魔物の動きがおかしい。
旧鉱山のゴーレム。
ニーナの村を襲った魔物。
そして今度は、突然現れたコボルトの群れ。
「ギルドへ報告に戻りますか?」
サクラが尋ねる。
レナは少し考えた。
その間にも、コボルトたちはこちらへ近づいてくる。
「……間に合わないわね」
「でしたら戦うしかありませんわ!」
ニーナが前へ出る。
カズキも拳を握った。
「俺も――」
「待って」
レナが止める。
「また!?」
「ちょっと考えてるのよ」
レナは周囲を見渡した。
村。
ない。
家。
ない。
畑。
ない。
洞窟。
ない。
あるのは、どこまでも続く草原だけ。
「…………」
そして。
カズキを見る。
「カズキ」
「何?」
レナが草原を指さした。
「平原だから、思いっきりやっていいわよ」
「…………」
カズキの目が輝いた。
「マジで?」
「ただし、こっちに飛ばさないでよ」
「分かった!」
「あと街道も壊さない!」
「分かった!」
「本当に分かって――」
「よっしゃあああああ!!」
「最後まで聞きなさいよ!」
久しぶりだった。
何も気にしなくていい。
洞窟の天井もない。
村もない。
素材を残す必要もない。
つまり。
手加減しなくていい。
「さて……」
カズキは周囲を見た。
そして。
足元に落ちていた木の枝を拾った。
「……何をするつもりですの?」
ニーナが聞く。
「これを投げる」
「枝を?」
「うん」
レナの顔が引きつった。
「ちょっと待って」
カズキは枝を握った。
長さは腕ほど。
どこにでも落ちていそうな、ごく普通の木の枝だ。
「前に森で枝使ったら、結構強かったんだよ」
「それ、森を吹き飛ばした時の話!?」
「今回は何もないから大丈夫だろ!」
「そういう問題――」
「いっけえええええ!!」
カズキが。
木の枝を投げた。
ブンッ。
枝が回転する。
まるでブーメランのように。
いや。
ブーメランなんてものではなかった。
一瞬で。
消えた。
「え?」
ニーナが声を漏らした。
次の瞬間。
ドドドドドドドドドドドドッ!!
コボルトの群れの中を、何かが駆け抜けた。
一匹。
二匹。
五匹。
十匹。
枝は勢いを失わない。
草原を低く飛びながら、次々とコボルトの群れを薙ぎ払っていく。
そして。
ヒュンッ。
「お?」
カズキが手を出した。
パシッ。
枝が戻ってきた。
「…………」
静かになった。
「…………」
カズキは手の中を見る。
さっきまで茶色かった木の枝が。
真っ赤に染まっていた。
「…………」
「…………」
「…………」
「……戻ってきた」
カズキが言った。
誰も答えない。
草原を見る。
さっきまで三十匹ほどいたコボルトは。
一匹も立っていなかった。
「…………」
風が吹いた。
草が揺れる。
カズキはもう一度、手元の枝を見る。
「……ブーメランみたいで便利だな」
レナが一歩下がった。
「え?」
さらに一歩。
「なんで離れるの?」
「いや……」
レナが真っ赤な枝を見る。
「さすがにちょっと……」
「思いっきりやっていいって言ったじゃん!」
「言ったけど!」
ニーナも顔を青くしていた。
「あなた……」
「何?」
「もう少し、こう……ありませんの?」
「何が?」
「倒し方というものが!」
「倒せたからいいだろ?」
「三十匹ですわよ!?」
サクラだけは静かに草原を見ていた。
そして。
「……全滅していますね」
「サクラまで引いてない?」
「少し」
「少し!?」
カズキはショックを受けた。
「だって、みんなで倒すより早いだろ!」
「効率の問題じゃないのよ!」
レナが叫んだ。
「何よ、その枝!」
「拾ったやつ」
「知ってるわよ!」
「返した方がいい?」
「どこに!?」
そのときだった。
カズキの頭の中に、聞き覚えのある感覚が響いた。
《レベルが上がりました》
「お?」
《レベルが上がりました》
「また?」
《レベルが上がりました》
「おお?」
カズキは自分のステータスを開いた。
「レベル……六?」
「一気に!?」
レナが覗き込む。
「三十匹も倒しましたからね」
サクラもステータスを見る。
カズキは期待しながら表示を確認した。
レベル六。
そして。
筋力。
体力。
敏捷。
魔力。
「…………」
「どう?」
レナが聞く。
カズキは顔を上げた。
「ほとんど変わってない」
「でしょうね」
「なんでだよ!」
「今さら普通のステータスが上がってどうするのよ!」
確かに。
問題はそこではない。
カズキは表示を下へ送った。
《隠しステータス補正》
一八四〇倍。
「こっちも変わってないな」
「よかった……」
「なんで安心するんだよ!」
「これ以上増えたら困るでしょ!」
「じゃあ、新しいスキルは?」
カズキはさらに表示を見る。
そして。
止まった。
「……あ」
「何?」
「増えてる」
「何がですの?」
三人が覗き込む。
そこには。
新しい文字が表示されていた。
《投擲 Lv.1》
「…………」
「…………」
「…………」
カズキは手に持った枝を見る。
真っ赤だった。
もう一度、ステータスを見る。
《投擲 Lv.1》
そして。
笑った。
「これ、使えるんじゃない?」
「使わないで!!」
三人の声が。
草原いっぱいに響いた。




