没落貴族、故郷に帰る
「アルセリア家が、失った場所です」
ニーナは村を見つめていた。
先ほどまでとは違う。
背筋は伸びている。
いつもの強気な表情も崩れていない。
それでも。
どこか緊張しているように見えた。
「行かないの?」
カズキが聞く。
「行きますわよ」
「じゃあ行こう」
「ちょっと待ちなさい」
「なんで?」
「心の準備というものがありますの」
ニーナは大きく息を吸った。
「よし」
「行く?」
「まだですわ」
「まだなの?」
レナが呆れたように言う。
「アンタ、さっき狼には迷わず突っ込んでたじゃない」
「魔物と故郷は違います!」
それはそうなのかもしれない。
サクラがニーナの隣に立つ。
「怖いんですか?」
「怖くなどありませんわ」
即答だった。
少し間を置いて。
「……ただ」
ニーナが村を見る。
「どんな顔をされるのか、分からないだけです」
誰も何も言わなかった。
カズキにも、なんとなく分かった。
自分の家が治めていた土地。
それを失った。
そこで暮らしていた人たちに会う。
たぶん。
狼と戦うより、ずっと怖い。
「じゃあ」
カズキはニーナの鞄を持ち直した。
「一緒に行けばいいだろ」
「え?」
「そのための護衛だろ?」
ニーナがカズキを見る。
「……そうでしたわね」
少しだけ。
表情が緩んだ。
「では、行きますわよ」
「おう」
四人は村へ向かった。
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村に入る。
畑。
小さな家。
荷車。
どこにでもありそうな、静かな村だった。
ニーナの足が少しずつ遅くなる。
村人がこちらを見た。
畑仕事をしていた老人。
洗濯物を干していた女性。
遊んでいた子供たち。
その視線が。
ニーナへ集まる。
「…………」
ニーナの身体が固くなった。
老人が目を細める。
「もしかして……」
ニーナが息を呑む。
「ニーナお嬢様か?」
「……はい」
老人の目が大きく開いた。
「ニーナお嬢様だ!」
「え?」
「おーい! ニーナお嬢様が帰ってきたぞ!」
「え?」
家の中から人が出てくる。
畑からも。
道の向こうからも。
「本当!?」
「まあ!」
「大きくなったねえ!」
「いつ戻ってきたんだい?」
「旦那様は元気か?」
あっという間に。
囲まれた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいませ!」
「ニーナお嬢様、お腹空いてない?」
「え?」
「うちで芋食べてくか?」
「いや、うちのパンが焼けたところだよ!」
「待ってください!」
ニーナが完全に混乱している。
カズキはレナを見る。
「歓迎されてるな」
「されてるわね」
サクラも微笑む。
「とても」
「……おかしいですわ」
ニーナが呟いた。
「何が?」
「おかしいでしょう!」
突然こちらを向いた。
「もっとこう……あるでしょう!?」
「何が?」
「恨み言とか!」
「なんで言われたいんだよ」
「そういうことではありません!」
ニーナは村人たちを見る。
「アルセリア家は、この土地を手放したんですのよ?」
老人が首を傾げた。
「そうだな」
「皆さんを置いて!」
「置いて?」
今度は老人が不思議そうな顔をした。
「お嬢様、何の話だ?」
「……え?」
「旦那様は俺たちを置いていったんじゃないぞ」
ニーナの表情が止まった。
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村の集会所へ案内された。
テーブルには。
パン。
芋。
野菜。
なぜか大量の料理が並び始めている。
「なんで宴会みたいになってるんだ?」
カズキが聞く。
「お嬢様が帰ってきたからだろ」
村人が当然のように答えた。
「なるほど」
「納得しないでくださいませ!」
ニーナだけが落ち着かない。
レナはすでにパンを一つ取っていた。
「おいしい」
「レナさん、早いですね」
「歩いたからお腹空いたのよ」
サクラも隣に座る。
カズキも芋を一つ取った。
「うまい」
「あなたたち!」
「ニーナも食べれば?」
「そういう問題ではありません!」
「お嬢様、これも食べな」
村の女性が皿を置いた。
「昔好きだっただろ?」
「……覚えているんですの?」
「そりゃ覚えてるさ」
ニーナが黙った。
そして。
大人しく座った。
一口。
「……おいしいですわ」
「だろ?」
女性が笑う。
ニーナは俯いた。
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しばらくして。
村の老人が話し始めた。
「お嬢様は、どこまで聞いてる?」
「何をです?」
「アルセリア家が、この土地を手放した理由だ」
ニーナは顔を上げる。
「父の経営が立ち行かなくなったからでしょう」
「まあ、間違っちゃいない」
老人は笑った。
「でも、それだけじゃない」
数年前。
この地方では、不作が続いた。
それだけではなかった。
山から魔物が下りてくることも増えた。
畑が荒らされ。
家畜が襲われ。
収穫はさらに減った。
「税を納められない家も増えてな」
老人が続ける。
「それで……」
ニーナの声が小さくなる。
「父は、税を上げたのですか?」
「逆だ」
「え?」
「下げた」
ニーナが瞬きをする。
「それどころか、領主の倉にあった麦まで配った」
「…………」
「冒険者を雇って、魔物も討伐させた。壊れた水路も直した。金が足りなくなれば借りた」
老人は苦笑する。
「そりゃあ、金なんてなくなるわな」
「では……」
「最後は借金を返すために、この土地を手放した」
ニーナは何も言わない。
「俺たちが追い出されたわけじゃない」
別の村人が言った。
「家も畑も残った」
「今の領主様も、別に悪い人じゃないしな」
「税金はちょっと上がったけど」
「それは仕方ない」
村人たちが笑う。
ニーナだけが。
笑っていなかった。
「そんな話……」
ぽつりと呟く。
「わたくしは、聞いていません」
「旦那様なら言わないだろうな」
「どうして!」
ニーナが立ち上がった。
「どうして言ってくださらなかったんですの!」
誰に向けた言葉なのか。
ここにはいない父親か。
村人か。
それとも。
自分自身なのか。
「わたくしは……」
拳を握る。
「ずっと、アルセリア家を再興しなければならないと思って……」
誰も口を挟まない。
「父の失敗を、わたくしが取り戻さなければと……」
老人が頭を掻いた。
「別に、取り戻さなくていいぞ?」
「…………」
「…………」
「…………」
ニーナが顔を上げた。
「はい?」
老人は村を指さした。
「俺たち普通に暮らしてるし」
「…………」
「畑もある」
「…………」
「飯も食えてる」
「…………」
「だからまあ」
老人は笑った。
「ニーナお嬢様は、自分の好きなことをすればいいんじゃないか?」
ニーナの口が開いた。
閉じた。
もう一度開いた。
「…………」
言葉が出てこない。
カズキは芋を食べながら、その様子を見ていた。
そして。
「じゃあ」
レナが嫌な顔をした。
「カズキ」
「何?」
「今、絶対余計なこと言おうとしてるでしょ」
「まだ何も言ってないぞ」
「顔で分かる」
「でもさ」
カズキはニーナを見る。
「家を取り戻さなくていいなら、もう自由なんだろ?」
「……自由?」
ニーナがこちらを見る。
「だったら、やりたいことやればいいじゃん」
「やりたいこと……」
ニーナが呟く。
その顔には。
困惑しかなかった。
「わたくし……」
少し考える。
さらに考える。
そして。
「何をすればいいんですの?」
「知らない」
「そこまで言っておいて!?」
「自分で決めることだろ?」
「それが分からないから聞いていますのよ!」
「じゃあ冒険者とか」
「どうしてそうなりますの!?」
「剣使えるし」
「理由が雑ですわ!」
いつもの声が戻った。
レナがため息をつく。
サクラは笑っている。
村人たちも笑っていた。
ニーナだけが真っ赤になっている。
「まったく!」
ニーナは椅子に座り直した。
「あなたという人は、本当に――」
そのとき。
村の外から。
鐘の音が響いた。
カン。
カン。
カン。
村人たちの表情が変わる。
レナが立ち上がった。
「何?」
老人も立ち上がる。
「警鐘だ」
「魔物?」
「いや」
老人の顔から笑みが消えた。
「この鳴らし方は――」
外から男が駆け込んできた。
「大変だ!」
息を切らしている。
「山の方から、また来た!」
カズキたちは顔を見合わせた。
ニーナが立ち上がる。
「何が来たんですの?」
男が答えた。
「魔物の群れだ!」




