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裏アカの裏アカ

 十二月の半ば、三浦亮太から連絡が来た。

「裏アカが、また代替わりしました。……四代目です」

「詳しいのね」

「先輩のノート、読んでるんで」

 彼は、そのページを読み上げた。私が二年前に書いた行だった。

「一代目が佐倉先輩。二代目が、去年の十一月に潰れたやつ。三代目が今年の春。……で、四代目が先週です」


「短いわね」

「短いです。三代目、八か月しか続かなかったです」

「潰れたの?」

「辞めたんです。……で、引き継ぎがあったんです」


「引き継ぎ?」

 私は聞き返した。聞き返してから、意味がわかって、少し嫌な感じがした。誰かが辞めても、アカウントは残る。中の人が入れ替わって、名前も文体も変わって、それでも同じ場所に同じものが立っている。三年間、私はこれを「潰す」対象として見ていた。潰すというのは、そこにいる人間を辞めさせることだと思っていた。辞めても残るのなら、私は三年間、何を潰していたのかわからない。

「アカウントごと渡してます。パスワードごと。……四代とも、そうです」

「じゃあ、誰かが仕切ってるってこと?」

「たぶん。……それを調べてほしいです」


「一つめ、引き継ぎの日」

 ドパガキは、四代の交代日を並べた。

「一代目から二代目、去年の一月。二代目から三代目、今年の四月。三代目から四代目、先週」

 彼は、四つの日付の横に、それぞれ別の印を付けた。

「で、四回とも、交代の三日前に、同じ動きがある」

「動き?」

「パスワード変更だ」

 彼は、その印を丸で囲った。

「三日前に変更。交代当日にもう一回変更。……間に三日ある」

 彼はスマホを置いた。

「その三日、誰も投稿してない」


「二つめ、空白の三日」

「三日間、アカウントは止まる。……で、ログインだけはある」

「誰が」

「端末が違う」

 彼は、四回分の端末情報を並べた。

「三代目でも、四代目でもない。第三の端末だ」

 彼は、その四行を指でなぞった。四行とも、同じ文字列だった。

「四回とも、同じ端末だ」


「三つめ、書式」

 彼は四代分の投稿を並べた。

「文体は、代ごとに違う。……で、一か所だけ、四代とも同じ」

「どこ」

「削除の告知だ」

 彼は三つ出した。

『この投稿は削除しました』

「四代とも、この一行だ。句読点まで揃ってる」

 彼は、その四つを重ねるように並べた。

「文体が違う四人が、消すときだけ同じ文を使ってる」


「で、決定打」

「三年間で、この裏アカが削除した投稿は二百十一件だ」

「わかるの?」

「番号が飛ぶからな」

 彼は、その飛びを数えた紙を出した。二百十一の正の字が並んでいた。

「で、二百十一件の削除の時刻を並べた」

 彼はグラフを出した。四本の線が、ほとんど重なっていた。

「四代とも、削除の時刻の分布が同じだ」

 彼はスマホを置いた。

「投稿する人間は四人。……消してる人間は、一人だ」


 堤という三年生だった。

 私は、その名前を聞いたことがなかった。三浦亮太も知らなかった。同じ学年なのに、である。

「同じ学年で、知らないってある?」

 私が聞くと、三浦は困った顔をした。

「あります。……四百八十人いるんで」


 堤くんは、否定しなかった。

 私たちが会いに行くと、彼は「来ると思ってました」と言った。背が低くて、髪が短くて、声が普通だった。

 私は三十分話して、彼の顔を思い出せる自信がなかった。目の前にいるのに、顔がうまく見えてこない。三十分話した相手を思い出せないというのは、こういう感じなのだと思った。


「三年です。四人に、渡してきました」

「選んでるの?」

「選んでます。……見てて、この人ならって人に、声をかけます」

「基準は」

 彼は少し考えた。

「やめられそうな人です」


「やめられそう?」

 私は聞き返した。

「はい。ずっとやる人は、駄目なんです。壊れるんで」

 彼は、初めて手を動かした。膝の上で、指を組んだ。

「八か月くらいでやめる人がいいです」


「あんた、書いてねえよな」

 ドパガキが言った。

「書いてないです。三年で、一件も」

「消してるだけか」

「消してるだけです。……二百十一件です」


「なんで消してんの」

 堤くんは、しばらく答えなかった。

「一年のとき。僕、載ったんです」

 彼は、組んだ指をほどいた。

「一代目のときです。……佐倉先輩の、ちょっと後です」

 彼は下を向いた。

「消してくださいって頼みました。……消してくれました」


「で、消せる側に回ったのか」

「はい」

 彼は、初めて顔を上げた。

「消してくれる人がいないと、消えないんです。先生に言っても、消えないんです。運営に言っても、消えないんです」

 彼は、その三つを順に数えた。

「中の人しか、消せないんです」


 私は、言葉に詰まった。

 風紀委員をやっていた三年間、私は裏アカを潰すことばかり考えていた。潰すと、次が来る。それは知っていた。

 だが、潰さずに中に入るという選択を、私は一度も考えたことがなかった。考えなかったのは、思いつかなかったからではない。思いついても、選ばなかったと思う。風紀委員というのは、外から見て、外から止める役である。中に入って一緒に汚れる役ではない。この人は三年間その役をやっていて、そのことを誰にも言っていなかった。


「二百十一件」

「はい」

「誰も知らねえまま、二百十一件消えてる」

 彼は、その正の字の紙をもう一度出した。

「あんたの名前、誰も知らねえ。三浦も知らなかった。オレも知らなかった」

 彼は、その紙を堤くんのほうへ回した。

「で、二百十一人が助かってる」


「助かってないです」

 堤くんは、その紙を受け取らなかった。

「え」

「消えるまでに、みんな見てるんで。……僕が消すのは、三時間後とか、六時間後です」

 彼は、机の上でその紙を止めた。

「その三時間で、全部終わってます」


 ドパガキは、しばらく黙っていた。

「三時間か」

「三時間です」

「それでも」

 彼は、その紙を自分のほうへ戻した。

「三時間で終わったほうがいい」

 彼は、それを畳んだ。

「三か月残ってるより、ずっといい」


 堤くんは、三月に卒業する。五代目は、もう決まっているそうである。誰なのかは、教えてもらえなかった。


「あの人、卒業したらどうするのかしら」

「知らね」

「六代目まで面倒見るのかしら」

「見ねえだろ」

 彼は、歩幅を変えずに続けた。

「やめられそうな人を選んでるんだ」

 彼は、そこで一度だけこちらを見た。

「あいつ自身が、一番やめられそうだ」


「うわ」

「今度は」

「猫が消えてる」

「消えた?」

「投稿が消えてる。……削除の告知だけ残ってる」

「なんて?」

「『この投稿は削除しました』」

 彼は少し黙った。

「……句読点まで同じだな、これ」

 彼は十四分動かなかった。私は、二百十一の正の字が並んだ紙を、そのあいだ何度か見ていた。正の字というのは数えるためのものであって、それ自体には意味がない。五画で一つ、それが四十二個と一画ぶん並んでいる。数えられたぶんだけ消された投稿があって、消された投稿の数だけ、三時間だけ晒された人がいる。数え方としては、たぶん一番そっけない数え方だった。


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