フォローを外した日
十二月。依頼人は、市内の高校二年生だった。
鴫原さんという。
「一日で、四百人に外されました」
「何かしたの?」
「してないです。その日、投稿もしてないです。……丸一日、何も上げてないです」
「じゃあ、なんで」
「わかんないです」
彼女は、その数字を画面で見せた。千二百と、八百である。
「千二百人いたのが、八百人になりました」
「一つめ、時刻」
ドパガキは、解除の記録を見た。
「解除は、通知には残らない。……でも、フォロワー数の推移は記録がある」
彼はグラフを出した。線が、一か所で崖のように落ちていた。
「十二月三日。十九時から二十二時の三時間で、三百八十人」
「三時間で」
「三時間だ。……で、その前の三日間はゼロ」
彼は、崖の手前を指でなぞった。そこは、まっすぐだった。
「一日で急に起きてる」
「二つめ、投稿」
「その日、あんたは何も上げてない。……で、前日は上げてる」
「はい」
「前日の投稿、見た。……普通だ。何も問題ない」
彼は、その投稿のいいねの数を出した。いつも通りだった。
「投稿が原因じゃない」
「三つめ、フォロー欄」
「じゃあ、何が変わったか」
彼は、その崖の手前をもう一度指でなぞった。
「あんたのフォロー欄だ」
彼女が、顔を上げた。
「十二月三日、十八時四十分。……あんた、一人フォローしてる」
彼はスマホを置いた。私は、その時刻と、崖の始まる時刻を見比べた。二十分しか離れていなかった。十八時四十分に一人フォローして、十九時から外されはじめている。二十分というのは、誰かが気づいて、確かめて、リストに載せるまでの時間である。私はその二十分に何人の手が動いたのかを想像した。想像できるほど、私はまだこの仕組みを知らない。
「その二十分後から、外されはじめてる」
私は、そのアカウントを見た。誰なのかは、ここには書かない。市内で、その月に炎上した人物である。
内容は、私が判断できることではなかった。事実関係が、いまも確定していない。確定していないものについて、私は書かないことにしている。ただ、確定していないという状態のまま、三時間で四百人が動いたことだけは書いておく。確定を待った人は、たぶん一人もいなかった。
「知らなかったです」
彼女は、そのアイコンを見ていた。
「その人が誰かも、知らなかったです。おすすめに出てきたから押しただけです」
「炎上のことは」
「知らなかったです。私、ニュース見ないんで」
ドパガキは、しばらく黙っていた。
「で、決定打」
「外した四百人。……そのうち三百六十人が、あんたの投稿を三か月見てない」
「え?」
「開封率でわかる。……あんたのフォロワーの三割は、もう見てないんだよ」
彼は、二つの円を描いて、重なりを塗った。今度は、ほとんどが重なった。
「で、その三割が、外した四百人の九割だ」
彼はスマホを置いた。
「あいつら、あんたの投稿を見て外したんじゃない」
彼は、その紙を彼女のほうへ回した。
「あんたのフォロー欄を見て外したんだ」
「フォロー欄を見に来たってこと?」
「来た」
彼は、そのリストを出した。名前が、上から下まで並んでいた。
「炎上が起きると、誰がその人をフォローしてるかを調べる奴が出る」
彼は、そのリストを閉じた。
「で、リストが回る。……そのリストに載ってる人間を、一括で外すツールがある」
「そんなものが」
「ある」
彼は、さっきの崖を指した。
「三時間で三百八十人は、手でやってる速度じゃない」
鴫原さんは、その画面を見て、しばらく動かなかった。
「私、何も作ってないのに」
「そうだな」
「作ったもので判断されてないってことですよね」
「そうだ」
彼は、そこで初めて彼女を見た。
「あんたが誰を見てるかで判断されてる」
私は、そこで一つ思い出した。一年半前、私は彼にこう言われた。
「人間関係の八割は、距離と回数で決まる」
「アプリと同じだ」
いま起きているのは、その続きだった。続いているものの形が、私にはまだ見えていない。あのときは、教室の話だった。誰と誰が何回すれ違うか、どの席の隣に座るか。そういう話だった。三十八人の教室でも千二百人のフォロワーでも、仕組みは同じだというのが彼の言い分である。私はあのとき、それを乱暴な言い方だと思った。二年経って、乱暴なだけではないと思うようになった。
「あの、」
「はい」
「外した四百人って、誰か教えてもらえますか」
ドパガキは、首を振った。
「教えられる。でも、教えねえよ」
「なんで」
彼は、少し黙った。
「一個だけ言う」
「はい」
「四百人だぞ」
彼は、そのリストを裏返した。
「一人も、あんたに言ってねえ」
彼女の手が、止まった。
「『あの人フォローしないほうがいいよ』って、一人も言ってねえんだよ」
彼は、その紙を片付けた。
「四百人が、黙って外した。……で、名前を知ったところで、あんたが困るだけだ」
鴫原さんは、そのフォローを外さなかった。
「外さないんですか」
「外したら、四百人が正しかったことになるんで」
彼女は、そこで一度画面を伏せた。
「でも、あの人が何をしたのか、私は知らないままです。……知らないままフォローするのも、たぶん変です」
彼女は少し笑った。
「調べます」
三か月後、彼女はそのフォローを外した。自分で調べて、自分で決めたそうである。フォロワーは、八百人のままだった。
戻らなかった。
「戻らないのね」
「戻らねえよ。……外した四百人、もうあいつのこと考えてねえもん」
彼は、歩幅を変えずに続けた。
「三時間だぞ。……三時間で終わった話を、あいつは三か月考えてた」
「うわ」
「今度は」
「猫がフォロー外されてる」
「猫が?」
「飼い主が、変なもんフォローしてたらしい」
「猫は関係ないでしょう」
「関係ねえ」
彼は、その数字をこちらに向けた。
「でも、猫のフォロワーが減ってる」
彼は十一分動かなかった。私は、三時間と三か月という二つの長さを見比べていた。外した側は三時間で終わっている。外された側は、そこから三か月調べていた。調べた三か月のぶんだけ、この人は詳しくなった。詳しくなったところで、フォロワーは戻らない。戻らないものを取り返すために調べたのではない、という言い方を、私はまだ上手くできない。




