↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
85/142

千人のうち三人

 十一月。依頼人は、二十歳だった。

 宮野さんという。市内の専門学校生である。

 夜、配信をしている。歌ったり、喋ったりするだけの配信で、視聴者は多いときで千人いる。私は一度だけ、その配信を見た。二時間のうち、名前を呼ばれた人が何人いたのかは、数えきれなかった。二時間のうち歌っていたのは二十分くらいで、あとはただ喋っていた。今日食べたものと、寒くなったことと、学校の課題の話である。中身は無い。無いのに、私は最後まで見た。この人の声は、切らずに置いておける種類の声だった。

 投げ銭が、月に十五万円ある。

「相談っていうか」

 彼女は、一度言葉を切った。

「怖いんです」


「何が怖いの」

「わからないです。……毎月十五万入るんです。それが、どこから来てるのか、わからないんです」


「一つめ、課金時刻」

 ドパガキは、三か月分の投げ銭記録を見た。

「四千百件ある」

「多いわね」

「多い。……で、時刻の分布が変だ」

 彼はグラフを出した。

「二十一時から二十三時に集中してる。……そこはいい。配信の時間だからな」

 彼は、その山の中の一点を指した。

「で、その中で、二十二時十四分に、必ず一件ある」

「毎日?」

「九十日、全部だ」


「二つめ、金額」

 彼は金額の分布を見た。

「四千百件のうち、三千二百件が百円以下だ」

「小さいのね」

「小さい。……で、金額の合計の八割が、残り九百件から出てる」

 彼は、その九百件を抜き出した。

「その九百件を見る」

 彼はスマホを置いた。

「金額が、全部『中途半端』だ」

「中途半端?」

「四百八十円、九百六十円、二千四百円。……四百八十の倍数だ」


「三つめ、決済」

「投げ銭は、アプリ内の通貨で買う。……で、通貨のパックに、四百八十円のがある」

 彼は、その販売画面を出した。

「四百八十の倍数ってのは、パックを買った回数だ」

 彼は、九百件をアカウントごとに束ねた。

「で、その九百件。……アカウントは何個ある」

 彼は数えた。数え終わるのに、十秒もかからなかった。

「三個だ」


 宮野さんは、その数字を、しばらく見ていた。

「三人?」

「三人だ」

 彼は、その三つを並べた。

「三か月で、九百件。……一人あたり三百件だ」

 彼は、九十で割った。

「毎日三回か四回、三か月」


「で、決定打」

「あんたの収入、月十五万だよな」

「はい」

「そのうち十二万が、この三人だ」

 宮野さんは、動かなかった。

「残りの三万が、あとの三千二百件だ」

 彼は、二つの数を並べて書いた。千と、三である。

「千人見てる。……で、十二万を出してるのは三人だ」


「あの」

「はい」

「その三人、誰かわかりますか」

「わかる。……アカウント名で言えば、たぶんあんたも知ってる」

 彼は三つの名前を言った。

 宮野さんは、一つ目で息を吸った。二つ目と三つ目のときは、何も言わなかった。知っていた、という反応ではなく、名前が音になった瞬間に何かが確定した、という反応に見えた。画面の中の文字列と、口に出された名前は、たぶん重さが違う。三か月見ていた文字列が三人の人間になるのに、二秒しかかからなかった。

「……知ってます。毎日います。三人とも」


「一人、中学の同級生です」

 彼女は、その画面を見たまま言った。

「本人は名乗ってないですけど。……たぶん、あの人です」

「なんでわかるの」

「言い回しが同じなんで。……三年間、毎日います」


 ドパガキは、しばらく黙っていた。

「あのさ」

「はい」

「千人に見られてると思ってた金、三人が出してるんだよ」

 彼女は答えなかった。

「一人あたり、月に四万だ」

 彼は、その四万を書いた。書いてから、丸で囲わなかった。

「二十歳の人間が、四万出してる。……三人とも、たぶん、そんなに余裕ねえよ」

 彼は、ペンを置いた。

「重いだろ、それ」


 宮野さんは、そこで泣いた。声を出さなかった。息を吸う音だけが、二回聞こえた。この人は配信で二時間喋る人である。喋ることに慣れている人が何も言わずに泣くのを、私は正面から見ていた。見ていることしかできなかった。ドパガキは画面を見ていた。彼が画面を見ているのは、この場合、たぶん親切だった。

「知りたくなかったです」

「知りたくないなら、聞かなきゃよかっただろ」

「……はい」

「でも、聞いたよな」

 彼は、初めて彼女を見た。

「あんた、三か月前から気づいてただろ」

 彼女は、うなずいた。


「二十二時十四分」

 彼女は、その時刻を口に出した。

「毎日、その時間に来るんです。……私が喉が痛いって言った日も、来ました」

 彼女は、袖で目を押さえた。

「配信、休んだ日も、来ました」

「休んだ日も?」

「はい」

 彼女の声が、そこで崩れた。

「配信してないのに、投げてくるんです」


 宮野さんは、投げ銭の上限を設定した。一人あたり、月に三千円までである。収入は、十五万から四万になった。

 千人のうち、九百九十七人が変わらず見ている。三人は、いまも毎日来ている。金額は、三千円になった。


「二十二時十四分は」

「まだ来る」

「毎日?」

「毎日だ」

 彼は、その記録をこちらに向けた。

「金額が、十円になってる」


「十円」

「十円だ。……上限まで使い切ったあとも、十円だけ投げてる」

 彼は、歩幅を変えずに続けた。

「あれ、金じゃねえんだよ」

「じゃあ、何なの」

 彼は少し考えた。三歩ぶんくらいである。

「出席だ」


「うわ」

「今度は」

「猫の配信がある」

「猫が配信?」

「飼い主が寝てる横で、猫が映ってる。……投げ銭が入ってる」

「猫に?」

「猫に」

 彼は、その一覧を出した。

「三人だ」

 彼は十四分動かなかった。私は、二十二時十四分という時刻を、そのあいだ何度か見返した。私の時計では、ただの半端な時刻だった。誰かにとっては、九十日連続で同じことをする時刻である。あの時刻に何があるのかは、たぶん本人にしかわからない。バイトが終わる時刻かもしれないし、家族が寝る時刻かもしれない。十円は、その時刻にしか投げられていなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。