十四人のフォロワー
佐倉ひかりが持ってきた話には、被害者がいなかった。加害者も、いなかった。
「事件じゃないんだけど」
十月の放課後、生徒会室。彼女はノートパソコンを開いて、そう前置きした。
「気持ち悪いアカウントがあるの」
「校内?」
「たぶん違う。うちの生徒じゃない。……でも、たまたま見つけて、それから消せなくなって」
彼女は画面をこちらに向けた。
「三年間、毎日投稿してる。一日も欠かさず」
「へえ」
「フォロワー、十四人」
私は画面を見た。
「いいね、ゼロ」
投稿はどれも同じだった。
窓から見える景色。電柱が一本。その向こうに、屋根が並んでいる。遠くに山の稜線。
季節だけが違う。雪が積もっていたり、緑が濃かったり、夕焼けだったり。
それが千日以上、並んでいた。私は、その一覧を指で送った。送っても送っても、同じ電柱が出てくる。十枚くらいで飽きるはずだった。飽きずに三十枚送って、私はそこで手を止めた。飽きなかったのは、同じ電柱の向こうで、季節だけが四回まわっていたからだと思う。
「文章は」
「ない。一度も。画像だけ」
「投稿時間は」
「毎日、二十二時四十七分」
私は思わず佐倉さんの顔を見た。彼女は肩をすくめた。
「一分もずれてないの。三年間」
ドパガキは、そのアカウントを一時間見た。
三倍速でも、〇.五倍速でもなかった。等倍だった。
私はそれを、少し離れたところから見ていた。彼はスクロールもほとんどせず、ただ一枚ずつ、上から順に見ていた。一枚に何秒かけているのか、私は数えようとして、途中でやめた。どれも同じ長さに見えた。
途中で、佐倉さんが小さな声で言った。
「……あの人、いつもああなの?」
「いいえ」
「そう」
私たちはそれきり黙った。
一時間と少し経って、彼が口を開いた。
「一つめ。時刻」
「はい」
「毎日二十二時四十七分。これ、予約投稿じゃない。手で押してる」
「わかるの?」
「予約なら秒まで揃う。これ、秒が毎回ばらばらだ。三十秒台のときもあれば、五十秒台のときもある。……毎晩、時計見ながら押してるんだよ」
彼は次を出した。
「二つめ、窓」
「窓?」
「三年分の写真、全部同じ高さから撮ってる。手ブレの癖も同じ。……この人、三年間、同じ部屋の同じ場所にいる」
「引っ越してないってこと」
「そうじゃない」
彼は首を振った。
「動いてないんだよ」
「三つめ」
彼はスクロールを止めた。
「二年前の三月に、一枚だけ外の写真がある」
私は身を乗り出した。それは道端の、なんでもない写真だった。標識と、自販機と、車のミラーが端に映っていた。私には、ほかの千枚との違いが見えなかった。
「これで場所が割れる。標識の書体と、自販機のロゴの世代。あと、ミラーに映ってる建物」
彼は指を三回動かした。
「隣の市だ。駅から北に二キロくらい」
私は、その写真をもう一度見た。標識も、自販機も、私の見ている限りではどこにでもあるものだった。ミラーに映っているという建物も、私には灰色の面にしか見えなかった。
「そこまでわかるの」
「わかる。……で、この写真を撮った日が、三年間で唯一、二十二時四十七分に投稿がない日だ」
私は息を吸った。
「その日だけ、外に出てる」
「そう」
彼は画面を閉じた。
「四つめ。……十四人」
彼はそこで、しばらく黙った。私は、その沈黙が終わるのを待った。待つ以外に、私にできることが無かった。
「三年で十四人だ。増えても減ってもない。一人も」
「少ないの?」
「少なくねえよ」
彼は、その十四人を一列に並べた。
「三年間、毎日見てる人間が、十四人いるってことだ。……それを少ないって言うのは、数を数えたことがない奴だよ」
佐倉ひかりが、そこで初めて、少し顔をこわばらせた。
「正体、わかったの?」
私は、閉じた画面を指した。
「わかった」
彼はあっさり言った。
「誰なの」
「言わない」
「え」
「言わない」
彼は立ち上がって、鞄を肩にかけた。
私は納得できなかった。納得できなかったので、スマホを取り出して、そのアカウントを開いた。
一番新しい投稿。今日の分。二十二時四十七分の、夕暮れの屋根。いいね、ゼロ。私は指を伸ばした。
「押すなよ」
低い声だった。私は手を止めた。
「……なんで」
彼は、こちらを見なかった。
「押すなら毎日押せ」
「え」
「三年分、毎日押せ。それができないなら押すな。……一回だけ押すのが、一番きついんだよ」
私は指を引っ込めた。佐倉ひかりも、何も押さなかった。
「土場くん」
彼女が呼び止めた。
「あなた、フォローしてるの? そのアカウント」
彼は、ドアのところで立ち止まった。
「してない」
「どうして」
「見てるだけだから」
そして彼は出ていった。
その日の帰り道、彼は一度もスマホを出さなかった。自販機の前でも、踏切でも、廊下の真ん中でも。
私はそれを、ずっと横で見ていた。
猫が寿司を握る動画のことを、彼はその日、一度も言わなかった。
私はいまでも、あのアカウントを月に一度だけ開く。
投稿は続いている。二十二時四十七分。窓の外。電柱が一本。フォロワーは、十四人のままである。




