消したのに残っている
「消したのに、残ってるんです」
二年D組の板倉さんは、生徒会室の椅子に浅く腰かけて、そう言った。
小柄で、髪をきっちり結んでいて、話し方が丁寧な人だった。私は彼女を、真面目な生徒だと認識していた。そう見えていた、というだけである。
「一年前に上げた動画を、去年の冬に消しました。でも、検索すると出てくるんです」
「開ける?」
「開けません。押しても『見つかりません』って出ます。……でも、画像だけ出るんです」
彼女はスマホを差し出した。
検索結果の一覧の中に、その一つはあった。タイトルもリンクも死んでいる。だが、小さなサムネイルだけが、はっきりと残っていた。
制服の女子が二人、並んで笑っている画像だった。爪の先くらいの大きさである。顔は潰れていて、誰なのかはわからない。わからないのに、二人が笑っているということだけは、はっきりわかった。
「一年経ってんのに?」
ドパガキは机に足を乗せていた。私は今日も注意しなかった。
「はい。一年です」
「ふーん」
彼はスマホを受け取って、三十秒ほど見た。
「一つめ。サムネの生成日時」
「え?」
「検索に出てるこのサムネ、押すと元画像が拾えるんだよ。……で、この画像の生成日時、先月だ」
板倉さんの顔が、少し動いた。
「先月?」
「うん。一年前じゃない。先月、作り直されてる」
彼は画面を私に見せた。私にはただの数字の羅列にしか見えなかったが、彼は当然のように指を置いた。
「二つめ、クロール間隔」
「くろーる」
「検索する側の機械が、ページを見に来る周期のことだよ。放置されたページは、そのうち見に来なくなる。一年も死んでたら、とっくに落ちてる」
彼は足を下ろした。
「なのに残ってる。まだ生きてる時期があるってことだ」
「三つめ、周期」
彼は検索結果を三つ並べた。同じ動画のサムネが、微妙に違う日付で三つ拾えていた。
「一月十四日。二月十四日。三月十四日。……四月も、五月も、六月もある」
「毎月?」
「毎月十四日だ」
彼は初めて板倉さんを見た。
「で、決定打。……このサムネ、毎回ちょっとずつ違う」
「違う?」
「切り出しの位置。〇コンマ何秒かズレてる。……機械は同じフレームを切る。人間が毎回、手で上げ直してんだよ」
生徒会室が、静かになった。十月の放課後である。窓の外で、野球部の声が遠くしていた。私は、その声が二回途切れるまで何も言えなかった。毎月十四日に一日だけ公開に戻す、という行為の説明を、私はまだ聞いていない。聞く前から、それがどういうものかは、たぶんこの部屋の三人ともわかっていた。
「板倉」
「……はい」
「あんた、毎月十四日に、この動画を公開に戻してるだろ」
彼女は、三秒もかからずに認めた。
「一日だけ、戻すんです」
膝の上で、指を組んでいた。
「十四日の夜に公開にして、次の日の朝に非公開に戻します。……去年の十二月から、ずっと」
「消したって言ったのは」
「消したと思ってました。最初は、本当に」
彼女は下を向いた。
「でも、消せなくて。……非公開なら誰にも見えないから、いいかなって。それで、一日だけなら、って」
「隣に映ってる子」
ドパガキが聞いた。
「去年の十二月に、絶交しました」
彼女は、鞄の紐を両手で握った。
「私が悪いんです。全部。……本人にも謝れてないです」
私は何か言おうとして、やめた。
「消してほしいって、依頼だったよな」
ドパガキが言った。
「はい」
「消し方は簡単だ。今から言う」
彼は手順を三つ言った。アカウントの設定から、キャッシュの削除依頼から、検索側への申請まで。板倉さんは、それをメモした。
「これで消えますか」
「消える。二週間くらいで」
「……わかりました」
そこで彼は、天井を見た。
「わかるよ」
「え?」
「オレも消せねえのある。三年前のやつ。……もう向こうが消してんのに、こっちのアーカイブに残ってる」
私は、彼の横顔を見た。彼は続けた。
「でもさ。あんた、十四日にしか戻してないんだよな」
「はい」
「一日だけだ。八時間か九時間。誰も見てない」
彼は板倉さんのほうを見た。
「それ、誰に見せてんの」
板倉さんの手が、止まった。
「……」
「消したくねえんだろ。でも見られたくもねえんだろ。だから毎月一日だけ出す。……それ、供養だよ。あんた、一人で葬式やってんだよ、毎月」
彼は立ち上がった。
「消すのは、いつでもできる。二週間で終わる。……その前に一回、本人に見せろよ」
一週間後。板倉さんから、短い報告が来た。
「話してきました」
それだけだった。仲直りしたのかどうかは書いていなかった。私も聞かなかった。書いていないことは、私には最後までわからなかった。
検索結果からサムネイルが消えたのは、その二週間後である。
「消えたって」
私が報告すると、ドパガキはスマホから顔を上げなかった。
「ふーん」
「あなたの三年前のは、消さないの」
「消さねえ」
即答だった。
「なんで」
「オレのじゃねえもん」
私は、そこで聞くのをやめた。
彼はスマホを縦にしたまま、廊下を歩いていって、自販機の前で立ち止まった。
「うわ、猫が」
「今度は何」
「猫が寿司握ってる」
「それ最初のやつでしょう」
「うん。最初のやつ」
彼はそれを、また最初から見ていた。私は、その横に立っていた。消せないものが自分にもある、とこの人はさっき言った。三年前のやつだ、とも言った。それが何かを、私は聞かなかった。聞かなかったのは、聞いてはいけない気がしたからで、その気配は、この人が「オレのじゃねえもん」と即答したときに来ていた。
なお、その二日後。
彼のもとに八件目の相談が来る。今度の事件には、被害者がいなかった。
加害者も、いなかった。




