↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
6/137

窓から見ていた

 十月。中間テストが終わって、学校が少しだらけている時期だった。事件は、深夜のプールから始まった。

「侵入?」

「そう。九月二十八日の深夜一時ごろ。プールサイドで撮った動画が上がってる」

 私は自分のスマホをドパガキに向けた。彼は机に突っ伏したまま、片目だけそちらを向けた。

 十五秒。暗い水面。フェンス。誰かの足がぶらぶらしている。ジオタグには、うちの学校の名前がついていた。

「で、疑われてんのが一年の宮下って子。バスケ部。その夜、家にいたって言ってるけど、証明できない」

「親は」

「夜勤。誰もいない」

「ふーん」

 彼はスマホを閉じた。

「学校じゃねえよ、これ」


「一つめ、影」

 彼は動画を止めた。プールサイドのフェンスの影が、細く長く伸びている。

「深夜一時に影が出てんだよ。しかもこの濃さ。月じゃない。照明だ」

「プールの照明、夜は落ちてるはずだけど」

「だろ。で、影が一本しかない」

 私は画面を見た。たしかに、フェンスの影は一方向にしか出ていない。二方向あるはずのものが、一方向しか見えない。

「うちのプール、四隅にポールが立ってる。点けたら影が四本出る。……ここ、光源が一個しかない場所だ」

「二つめ、音」

 彼は音量を上げた。水の音の下に、低い唸りが一定のリズムで入っていた。

「室外機。しかもでかい。業務用だ。学校のプールの横に、こんなもんは無い」

「三つめ、反射」

 彼はフェンスの手前、水面のふちを指した。

「ここ、暗くて見えねえだろ。……〇.二秒だけ、右下が光る」

 彼は再生をコマ送りにした。一瞬、水面に白い筋が走った。

「対向車のヘッドライトだ。車が通ってる。深夜一時に、二台。……うちのプール、道路に面してねえよ」

 彼は顔を上げた。

「市民プールだ、これ。国道沿いの。あそこ、外から柵越しに撮れる」


「じゃあ、なんでジオタグが学校になってるの」

「そのほうが伸びるからだよ」

 彼は当たり前のように言った。

「市民プールの夜景なんて誰も見ねえ。『高校に深夜侵入』なら見る。……嘘の中でいちばん安いやつだ」

「でも、じゃあ、投稿したのは誰なの」

 彼は黙った。それから、めずらしく、こう言った。

「そこは、あんたのほうが得意だろ」


 私は宮下くんに話を聞いた。彼は口が重かった。バスケ部の一年で、背が高くて、目を合わせない子だった。

「先輩たちにも聞かれました。何回も」

「その夜、家にいたのよね」

「はい。……でも、証明できないんで」

 私は諦めかけた。証明できないことを証明する方法が、私にはわからなかった。そこで、ドパガキが言った。

「あー。あいつに聞けば」

「あいつ?」

「相原」


 相原景の家は、通学路の途中にある。二階の窓が、道路に面していた。

 私たちがインターホンを押すと、彼は少しだけドアを開けて、それから、意外なほどあっさり外に出てきた。

「九月二十八日?」

「そう。深夜一時ごろ」

 彼は少し考えて、それから言った。

「誰も通ってないです」

「……え」

「その日、雨降ってたんで、窓開けてました。バイクも自転車も通ってないです。人も」

 私は言葉を失った。

「なんで、そんなこと」

「見てるんで」

 彼は淡々と言った。

「夜、寝れないんで。ずっと窓、見てるんです。……何時ごろに誰が通るか、だいたい決まってて」

「決まってる?」

「一時前に、犬の散歩のおじいさんが一人。二時に新聞のバイク。あと、たまに高校の人が自転車で。……九月二十八日は、雨だったから、全部いなかったです」

 彼は少しだけ、恥ずかしそうにした。

「変ですよね」


 宮下くんの家は、相原の家の先にある。

 学校に行くには、必ずこの道を通る。深夜だろうと同じである。つまり彼は、その夜、学校に行っていない。

「証言になるの?」私は聞いた。「三か月学校に来てない子の証言が」

 ドパガキは、ブロック塀にもたれていた。

「なるだろ」

「先生が信じるかって話よ」

「知らね。でも」

 彼は相原のほうを見なかった。相変わらず、地面を見て喋っていた。

「あんた、三か月分の記録持ってんだよ」

 相原の肩が、少し動いた。

「毎晩、何時に誰が通ったか。誰も持ってねえやつを」

「……ただ、見てただけです」

「うん。それが記録なんだよ」

 相原は、何も言わなかった。

 でも、玄関に戻らなかった。私たちが帰るまで、ずっと門のところに立っていた。角を曲がるまでに、私は二度振り返った。二度目は、もう見えなかった。


 投稿者は、三日後にわかった。

 宮下くんと同じクラスの、同じバスケ部の男子だった。私が探したのではない。三浦亮太が、頼んでもいないのに調べてきた。

「先輩、あいつです。市民プール、家の近くなんで」

 私はその子に会った。彼は否定しなかった。

「伸びると思って」

「宮下くんが疑われたのは」

「……知らなかったです。マジで。俺、名前とか書いてないし」

 たぶん、本当だった。彼は宮下くんを陥れようとしたのではない。ただ、嘘のほうが伸びると知っていただけだった。

 ドパガキは、壁にもたれたまま天井を見ていた。

「わかるよ」

「え」

「オレも、伸びる嘘と伸びない本当だったら、伸びる嘘のほう見るからな。……見る側がそうだから、上げる側もそうなる」

 彼は体を起こした。

「でもさ。あんたの嘘、四十人が信じたぞ」

「……」

「で、そのうち一人が、部活来なくなった」


 動画は消えた。宮下くんは翌週から部活に戻った。相原景は、その次の週に、一時間目だけ学校に来た。

 理由は聞かなかった。


 帰り道、ドパガキがスマホを取り出した。

「うわ」

「今度は何」

「猫が餅ついてる」

「季節が早いでしょう」

「猫に季節はねえよ」

 彼は十八分動かなかった。私は先に帰った。


 なお彼は、翌週にはこの事件のことを、きれいさっぱり忘れていた。

 ただ、相原景の家の前を通るとき、なぜか毎回、二階の窓を見上げるようになった。本人は、そのことに気づいていない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。